2007年11月23日
お客様の「求める」もの。それを把握し、実現する具体的技術。
お客様は何を求めているのか。
実はお客様自身が、「明確に」分かっておられないことも多い。
私たちの仕事のうちで重要なことの一つは、お客様ご自身が
「真に」何を求めているかを明確にすることのお手伝いである。
お客様が「本当に」求めていることは何なのか。
パンフレットを、カタログを、WEBサイトを作ること自体が「目的」なのか。
それは一つの「手段」に過ぎないのに、もしかして責任感が強いあまりに、
「目的」と「手段」を混同してしまっていないか。
我々の問いかけによって、お客様が改めてお足元を見つめ直し、内にある答えに
気付かれるならば、それが我々が「真に」お役に立つ入り口に立つことができたということ。
しかも我々は、お客様が「真の目的」を成就するための「方程式」を持っている。
他の印刷会社様には(恐らく)無いであろう、「マーケティング理論」と「購買心理学」に
よる実践的な方法論を持っている。
自信をもってご提案し、それを理解できるお客様を、我々の「真の」お客様と呼ばせて
いただこう。
そして、その成就に向けて「誠心誠意、全力で」努力していこう。
媚びるでもなく、すがるでもなく、「真に」お客様にお役に立つ。
お客様から「真の」パートナーと認識され、ご相談のファーストコールをいただき、
そのご期待に応え、さらに一歩上回り、「ありがとう!」「またお願いするよ」と
いうお言葉をいただくことほど、我々をモチベートするものはない。
それを「真の」仕事というのだと思う。
そういう仕事を積み重ねていくこと。
そのことのみが、時代がどれだけ変化しようとも、むしろ変化すればするほど、
我々の「存在価値」を上げ、「やりがい」を増すものだと信じている。
「仕事」って、だからオモシロイんだと思う。
文責:常務 田畑良一
投稿者 seiun : 00:46
2006年11月27日
「マキノ杯耐久カートレース」に参加しました。
今年もマキノ杯耐久カートレースに 「チームSEIUNDO」 を結成し、
参戦させていただきました。

所属事務所が弊社のクライアントである関係で、今年はなんと、
「2005 フォーミュラニッポン」年間チャンピオンの本山 哲選手と
松田次生選手がゲスト参加。
「日本最速の男」の登場に、カート少年・少女や親御さんたちも
大喜びしてくださいました。(^^)
さて我がチームの結果の方は・・・。
選手たちも90分間精一杯頑張りましたが、さすがにあれだけ
ワークスチームが増えると難しいなぁ。。。(ToT)

でもやっぱりみんなで力を合わせ、安全に楽しめたのが一番です。(^^)
主催・運営・スポンサーの皆さま、本当にありがとうございました。
そして出場した選手、ご家族の皆さん、事前の準備から大変お疲れさまでした。
(文責:常務 田畑良一)
投稿者 seiun : 17:31
2006年01月18日
「属人的なものの価値・・・例:聴き方」
本日後輩(新人)と同行していて、改めて気づいたこと。
上お得意先様の社長との商談に何度目かの同行をしたのだが、
私と話しているその社長の視線が彼にチラチラと向いている。
その回数が、毎回増えていっているのだ。
これは嬉しい。
その社長の中で彼の存在が認知されてきている、ということである。
私と同行する時はどうしても、私と社長との会話がほとんどを占めて
しまうのだが、その中でも社長が彼に対して配慮してくださって
いるのが分かる。
これ、当たり前のようであるが、実際はそうばかりとも限らないのだ。
同行の回数を重ねても、全く眼中に入れてくださらないこともある。
存在がお相手の中で認知されないのだ。
では、なぜその社長は彼に視線を送ってくださったのか。
答は、彼の「聴き方」にあるように思う。
一般的に社長という人種は、無意識にその鋭い感性で人を見抜いて
しまう。
見抜けはしなくても、ご自身のアンテナで人を「値踏み」するものだ。
ほとんど直接はコトバを交わさない空間で、しかもコトバを発しもしない
彼に対し、視線で配慮を示してくださった。
彼の誠実な「聴き方」に、「何とかお役に立ちたい」という
「姿勢」を感じ取ってくださったのだろう。
もちろん、単に「聴き方」が良いという話ではなく、誠実な姿勢が
「聴き方」に表れ、それをお相手が感じ取ったということである。
少し脱線するが、よくある新人(若手)営業マンの失敗のパターンは、
その居心地の悪い空間に辛抱し切れず、自分本位の「熱意」を
前面に出してしまい、合いの手が差し伸べられる前にしゃしゃり出てしまう
ことである。その行動によって、お客様がシラけてしまうことが多い。
さてさて話を戻すが、
時代がいくら変化しようとも、特に商売(ビジネス)は、
人が「判断」「決定」をし、そして複数の「選択肢」の中から
行動を「選択」し、その「選択」に対し、本人もしくはしかるべき役割(立場)の人が
「責任」を取るものである。
常に、「人」が介在するのだ。
昨今、「システム」や「仕組み」というコトバが氾濫している。
「効率」って言わずもがな大切だし、そのための「システム」等に
ついての重要性は重々認識しているつもりだが、ともすれば
「価値観」や「在り方」、「姿勢」という根源的なものを蔑ろにしているように感じる議論には、違和感を覚えることがある。
先述の「システム」や「仕組み」は、あくまでも人が定めた目的を
遂げるための「手段」「方法論」の一つに過ぎないのに。
それらの土台にある「価値観」「在り方」「姿勢」を自問自答し、
深め磨くことをしていて初めて、賢明な「手段」「方法」を選択
できるように思うのだ。
「手段」「方法論」のずーっと手前の、『大前提』であるはず。
(評論家マル出しで恐縮だが、ここ数日で明るみに出てきた例の
上場企業の実態をみると、つくづくそう思う)
改めて、いくら時代が変化しようとも、「人に属するもの」が、
最も信じるに値する「判断基準」だと思う。
そしてその「判断」により選択した行動の結果に対し、粛々と
「責任」を負っていく、その試行錯誤、七転び八起きの過程
そのものが「成長」であると思う。
お客様からの共感を感じた今日の空間で、人様の『心』を動かす
のは、「システム」や「仕組み」ではなく、「アナログ」で「属人的」な
ものであると再認識した次第である。
余談だが・・・、
当然、健全な「価値観」を土台とした上で、人の『心』に届く伝え方・
表現は、上述の話とは別に、社会人としても必要な「技術」であり、
それを身に付けるための過程を「システム化」「仕組み化」すること
はとても大切である。
そのためにも、まず「属人的なもの」と「非属人化できるもの」とを、
健全に区別することが重要だ。
念のためにコトバの定義を確認するが、『属人的なもの(=その
人でないとできないもの)』とは、他の手段に置き換えることができず、
どこまでも人に属するもの、である。
(それを身に付ける鍛錬を、「システム」「仕組み」で解決できる領域も
ある)
例えば、「責任の範囲(リスクの範囲)」を見極めた上での「判断」や「行動
の選択」などだ。
もう一方で、『非属人化できるもの(=その人でなくてもできるもの)』は、
あらゆる手段を活用し、まさに徹底的に「効率化」する必要がある。
これからはますます、「お客様が必要性を認識しないコストをお支払い
してくださることはなくなっていく」のだから。
それらを「分類」する能力、「判断」する能力が、まさに「属人的な」能力
だが、これらを磨き高めて実践することこそ、皆で乗っている船の船頭
さんであるマネージャーの、最も重要な仕事であろう。
(文責:常務 田畑良一)
2005年12月14日
「お客様(お相手)にとって、最初の相談相手であるか」
お客様(お相手)にとっての「最初の相談相手」であるかどうか・・・。
「最初の」相談相手と「2番目の」相談相手が、そう違わない場合も
もちろん多々あるが、
お客様(お相手)の中での私たち自身の位置付け(=存在価値)が、
はっきりクッキリ出る・・・、ものすご~くシビアな場面もまた、数多くある。
私たち営業マンにとって一番嬉しいことの一つは、まず本業で
お客様から「最初の相談相手」に選ばれることである。
そうそう、本題に入る前に、私が申し上げる我々の「本業」の定義を
明確にしておく必要がある。
我が社は、看板は印刷会社であるが、今どきサイト制作の出番を頂く
ことも当たり前になってきている。
販売促進の企画からお手伝いし、グッズ制作や映像も扱っている。
ということは、現在の我が社にとって、「本業」とは印刷物も含めた、
「情報の伝達手段」全般と言っていいだろう。
そして現実には当然、我々には競合他社の存在がある。
つまり、お客様は常に我々以外にも「選択肢」をお持ちなのだ。
我々は間違っても、お客様にある他の「選択肢」を否定すること
なんてできない。
また、我々はお客様の「選択基準」を強制することなんてできない。
我々にできることは、選ばれる存在になるべく、「頼り」にされる
存在になるべく、「期待」される存在になるべく、自分を(組織を)磨き続けることと、
我々が「どういう課題・問題を解決できる存在か」を常に発信し
続けることしかない。
では、お客様はどういう時に「相談相手」が必要になるのか?
それは、
「お客様の『現在位置』と、お客様の『求めているもの』との『ギャップ』を埋める『必要』が生じた時」
である。
「『現状』をこのまま放置するのではなく、『あるべき(求める)
姿・状態』に一致させる『必要』が生じた時」である。
その時に、お客様の頭の中に、無意識のうちに、誰の顔が
浮かぶか・・・。
つまり、お客様ご自身が解決を必要とする課題・問題が発生した時、
誰を「頼り」にするのか?誰に「期待」するのか?
である。
さらに、お客様(お相手)は、どういう「基準」で判断するのか?
さてさて、
至極当たり前のことで恐縮なのだが、極めて重大なポイントなので、
あえて書かせて頂く。
「私たちがお客様の『最初の相談相手』になりたい!」といくら
「意欲的に」「熱心に」願っても、残念ながらそれは叶わないかもしれない、
ということである。
なぜなら、当然だが、それはお客様が決めることだからだ。
(しかも論理的に決めるとは限らず、直感で決めることも大いにある)
「頼り」にされ、「期待」されるということは、私たち自身とても嬉しい
ことである。
でも、私たち自身の身勝手な「意欲」だけでは、そのポジションには立て
ないのだ。
その時誰をそのポジションに置くかは、全てその人(お相手)自身に
決定権があるのだ。
では、どうすればそのポジションに立てるのか。
逆の立場(お客様の立場)に立って考えてみたら、わりと簡単に
理解できる。
まず、
1.お客様(お相手)のこと(現状・求めるもの)をいかに知っているか、だ。
企業がお相手なら、年商、取扱い商品、売上構成、上得意先の固有名詞、
市場動向、採用基準、来年度の採用方針、競合他社の固有名詞・・・。
企業内の個人なら、まずお相手の「仕事観」を理解することだと思う。
言い方に語弊があるかもしれないが、職業人としての「意識レベル」と
「行動レベル」を正確に把握する必要がある。
そしてその方のものごとに対する「判断基準」を理解し、まずそれを
尊重するのだ。
さらに社内決定のプロセス、決定権者、決定権者の方針・性格、
決定権者のブレーンの固有名詞、決定権者の対立者、出世株の固有名詞、等々、
「知る」に値する情報はたくさんある。
つまるところ、お客様(お相手)は、
「いちいち一から説明する必要がなく、言わなくても私(自社)のことを
分かってくれている人」の顔を真っ先に思い浮かべるのだ。
それ以外のポイントについては、後日、順次書かせて頂くことにする。
書いていて思ったが、何もお客様とのことだけでなく、友人、家族、社内等々、
組織など、人が複数存在するところでは、当てはまることかもしれない。
(文責:常務 田畑良一)
2005年11月11日
「正確に伝達するコツ」
お客様との間でも社内でも、(書面ではなく)コトバのみで何かを
伝えたり説明をしたことで、行き違いが生じ、トラブルになった
ご経験があるのではないかと思う。
我々の仕事は一人きりで完結することなど滅多になく、ほとんどが
チームで仕事をしている。
お客様と共同作業をして進めていく案件も多い。
そういう環境で起こる、例えば「言った」「言ってない」という
揉めごとはビジネスマンとして一番ドン臭いし、何よりもお互い
に気まずい・・・。
なんだろう?独特の気まずさがある。
特にお客様との間で起こると、せっかくの心のつながりに隙間風
が吹くような感覚になってしまうこともある。
そもそもそういう事態になること自体、プロとして恥ずかしいし、
お客様に対して大変失礼なことである。
皆さんも少なからずその類の失敗を経験し、そこから知恵を絞って
色々工夫をされているだろう。
本日は、私も失敗の中からせめて同じことが起こらぬよう工夫を
重ねてきた者の一人として、コツ(だと勝手に思っていること?)
を申し上げたいと思う。
まず私は、人とのコミュニケーションについて、「前提」を
こう捉えている。
「『表現力』が不充分な人が言い、『理解力』の不充分な人が聞いている」
「表現者」側も「理解者」側も、お互いに悪気なく、不充分なのだ。
なぜなら相手は自分ではないし、自分は相手ではない。
ましてやエスパーではないのだから、(背景等も含め)100%
共有するなんて無理である。
はじめからこう考えておくと、せめて相手に配慮をした伝達が
できるように思う。
だいたい自分の「表現力」を客観的に見てみて、「私は大丈夫」と言える人は
一般的には稀だろう。
対人コミュニケーションについて専門的なトレーニングを積んできた人はそう
多くはいないだろうし、学校ではそんなものは教えていない。
ほとんどの方が高校や大学等、人との共同作業を経験し始めた頃にようやく
必要性に目覚め、先輩方や周囲の人の「見よう見まね」という感じで、
何となく身に着けてきたものではないだろうか。
技術の裏づけが不充分だとすると、いうなれば「我流」のまま。
ということは、いつも申し上げるが「本能の赴くまま」、すわなち「自分中心」の
コミュニケーションを、それこそ悪気なく繰り返している可能性がある。
しかも周囲とのコミュニケーションが上手くいかない、と漠然としたストレスを
抱えてしまっているのだ。
こうして改めて申し上げるのはもちろん居直ることや評論することが目的では
なく、より良いコミュニケーションのためのちょっとした「コツ」をご提案したいと
いうことである。
ではその「配慮」とは何か。
当然、へりくだるとかそういうことではなく、伝えたい人に伝えたい
ことが「正確に伝わるための『配慮』」である。
「結論から話す」・・・、とかはあまりに当たり前のことなので今回は
省略させて頂き、私自身が特に気をつけるようになって効果を実感
していることを申し上げようと思う。誠に僭越ながら・・・。
それは「相手の誤解を予測し、その誤解する可能性のあるものも
一緒に表現して伝える」ということである。
「これを伝える際には、こういう誤解があるかもしれないな」と
いうことを予めイメージし、「伝えたいこと」の本体とセットで、
必ず「対比の対象(誤解の可能性のあること)」を伝えてしまう
のだ。
私自身がついそういうクセがあるのでつくづく思うのだが、
私たちは相手に情報を正確に伝えようとするあまり、
つい「伝えたいことのみ」を伝えようとしてしまう。
そこに問題があるように思う。
では具体的に表現としてはどうなるのか。
「『○○ではなく、』△△でお願いしますね」
例えば簡単な例だが、離れたところにある2つのボールを
仲間に取ってもらう時。
「『青のボールではなく、』赤のボールを取ってくれますか?」
こういうイメージである。
「んなもん、当たり前やないか!!」とお叱りを受けるかも
しれないが、いえいえ、そういう配慮を自然と身に着けて
いる人はホント少な~い。
自分の表現力(伝達力)不足を思いっきり棚に上げて、
正確に伝わらない責任を相手になすり付けて、
「あいつ、ホンマ理解力ないわぁ」とか言っている。
あと大事なことをもう一つ・・・。
あまりこの「配慮」が過ぎた場合、聞き手からするとバカにされたような
気になることもあるかと思う。
「そんなことまでわざわざ言われんでも、わかっとるワイ!」
とお怒りを買ってしまっては元も子もない。
「正確な情報伝達」のためのせっかくの「配慮」が、それこそ台無しで
ある。
だから必ず、前にこれらのコトバを添えること。
「ご存知だと思いますが、」
「ご承知だとは存じますが、」
「念のためのご確認ですが、」
「しつこい表現で恐縮ですが、」
お相手の自尊心(プライド、力の欲求)をきっちり満たして差し上げること、
キャリアや人格に対する配慮が、返す返すも大事である。
(文責:常務 田畑良一)
2005年10月22日
「自分の『持ち味』で勝負する」
人それぞれ、「持ち味」があると思います。
「持ち味」を辞書で引くと、こう書いてありました。
①その食品に元から備わっている味。
②その人物や芸術作品などにある独特の趣。
ここでは、「その人が最も高く評価される客観的長所」
そんなイメージで使っています。
人は誰でも「持ち味」(=客観的長所)を持っている。
「客観的」だから、ナントモッタイナイことに、自分ではその「長所」に
気づいていないことも多い。
本当に残念ながら、多い・・・。
逆に、自分自身の「持ち味」(=客観的長所)を正確に把握して
いる人は、やっぱり強いですね。
特にビジネスマンの世界では、
組織の中で与えられている「役割」が自分自身の
「持ち味」(=客観的長所)を発揮できるものであれば、
とても幸せだと思います。
その中で実際に「持ち味」(=客観的長所)を最大限発揮し、
実際に相応の評価を得ている、
そんな人は職業や組織に対する満足度がとても高いでしょう。
しかし一般的に組織の中で多い不満、悩みはこういうことでは
ないでしょうか。
「自分の思うように、評価されない」
「自分の思うように、成果が上がらない」
これは、本人とマネージャー双方が、「持ち味」(=客観的長所)
への意識が不足していることが原因(の一つ)ではないかと考えます。
まず本人が、自分の「持ち味」(=客観的長所)を把握していない。
「持ち味」とは離れ、「意欲」(=主観的長所、願望)のみで行動している。
つまり、
「あまり得意でない分野で、しかも我流で動き、
当然思うように成果が出ず、苦しんでいる。当然、客観的評価も
上がらない」
こういう状態って、すごく多いと思います。
それともう一つ、とても大きな問題が、マネージャーの問題です。
「プレーヤー(部下)の「持ち味」(=客観的長所)を把握していない。
時には、本人があまり得意でない分野で負荷(役割・ノルマ)を与え、
無責任に『期待』だけはして、プロセスもろくに管理せず、『結果』だけ
は追い求め、あ~だこ~だと評論する」(ギクッ!)
これじゃ、たまらない!!
組織力なんて発揮しようがないし、成果なんて上がるはずもない。
「自分の『持ち味』(=客観的長所)を把握し、その『持ち味』
で勝負する」
このことは本人とマネージャー双方にとって、本当に大事です。
そして時には、自分自身の「意欲」(=主観的長所、願望)と切り離すことも
大切ですね。
これは、とても難しい。
「意欲」(=主観的長所、願望)と「能力」(=持ち味)を切り離すこと、
これは相当難しい。
そのこと自体が「最も大切な能力」と言ってもいいくらいです。
現場では、そこがマネージャーの出番でしょう。
「適材適所」「適所適材」ということになりますね。
逆に「持ち味」(=客観的長所)ではなく、「意欲」
(=主観的長所、願望)が過度に先行した場合。
これは悲惨・・・、単に「自分を見失う」ことになります。
例えば阪神タイガースの赤星選手が、もし「ホームランを
ガンガン打って目立ちたいねん!」と思って、金本選手の
向こうを張り、バットを長く持って、ブルンブルンと振り
回してしまったらどうなるでしょうか?
イチローが、「今シーズンは、ホームランの本数でA・ロッドに
負けた~。」と悩んでいるでしょうか?
「持ち味」とは、「その人が最も高く評価される客観的長所」です。
赤星選手やイチロー選手が「優秀」と言われるのは、まさに
「持ち味」を発揮しているからです。
組織から求められる「役割」を自覚し、自分自身もその「持ち味」を
自覚し、そのことに誇りを持っている。
当然彼らの「持ち味」は、ホームランや長打ではなく、「ヒット数
(単打数)」や「出塁率」「打率」「盗塁数」、小技でいえば
「セーフティ・バント」等でしょう。
コツコツと地味だけど、とことん「相手が嫌がる」プレーを重ね、
結果的にチームへの貢献度が最も高い、そういうスタイルですね。
仮に彼らが、「長打を打って、目立ちたい!」という「意欲(=主観的長所、願望)」を
持っていたとします。
もし彼らが「持ち味」(=客観的長所)ではなく、その「意欲」
(=主観的長所、願望)で勝負していたら、メジャーリーグやプロ野球界では
とても通用していないでしょう。
話を元に戻しますが・・・、
「持ち味(=客観的長所)」を自覚し、「意欲(=主観的長所、願望)」と区別
できる聡明さ。
時には割り切って、「意欲(=願望)」を切り離す勇気が必要かも
しれません。本当の「謙虚さ」が試されるのかもしれません。
価値創造というビジネス組織の目的からすると、自分自身の
「持ち味(=客観的長所)」を自覚し発揮することが、とにかく必要です。
そしてその前提に、
「組織(マネージャー)が自分の『持ち味』(=客観的長所)を必要と
してくれている。
自分の『持ち味』(=客観的長所)を認めてくれている。」
という絶対的な安心感、双方の信頼感があればこそでしょう。
マネージャーも修行です・・・。
追伸:
申し訳ございません!
今日は宣伝をさせてください!
1.日光神戸アイスバックスがNHK(全国)で取り上げられます。
日光の温泉とアイスバックスをメインにした番組で、松田選手や
チームが4日間密着取材を受けました。
題して
『ふだん着の温泉~栃木・日光和の代温泉~「地域で支えるアイスホッケー」』。
もしよろしければ、ご覧ください。
放送日:10月23日(日)午後1時35分~ NHK総合(全国)
再放送:10月27日(木)午前11時20分~ NHK総合(全国)
28日(金)午後0時40分~ BS-2(全国)
30日(日)午前5時15分~ BS-2(全国)
2.いよいよ神戸シリーズが開幕します。
11月2日(水)<19:00試合開始>と3日(木・祝)<13:00試合開始>です。
関西でアイスホッケーの公式戦をナマで観戦できる、滅多にない
機会です。
ぜひともご来場頂き、熱いご声援をお願いします!!
観戦チケットご希望の方は、私まで必要枚数をご指示ください。(割引あり)

(文責:常務 田畑良一)
2005年10月18日
「理性(=相手中心)で会話する」
「お客様(相手)が尋ねていることに、まず答える」
一対一のコミュニケーションの要諦の1つです。
「んなもん、当たり前やないか!!」
そう、当たり前(のはず)なんですが、よ~くよ~く自分自身の会話を
客観視してみると、ギクッとするかも・・・。
「お客様(相手)が尋ねていること」とは「相手がまず、知りたいこと」ですよね。
その「相手がまず、知りたい」という状態を、最初にキッチリと満たしてあげ
なければなりません。
これが当たり前にできる人は、確実にお客様から信頼されます。
お客様に限らず、社内でも信頼感が得られます。
特にビジネスでは、会話は「理性(=相手中心)」で行うことが
絶対的なポイントです。
信頼関係を築くのが上手な方は、間違いなくこのコツは押さえています。
持っている知識が同じ2人がいたとして、このコツを実行している人と
そうでない人がいれば、信頼感では圧倒的な差になる可能性があります。
順に説明していきます。
1.そもそも、まず「お客様(相手)が尋ねていること(=相手がまず、
知りたいこと)」が把握できているか。
これは、少し強く意識すれば誰でも可能です。
しかし1つだけ、大きな要注意点があります。
私たちは相手のお話を聞いている時、無意識のうちに
「どう答えようかな~。どう会話を繋げようかな~」ということを
考えながら聞いています。
「要するに、お客様(相手)は何を尋ねたいのか?」
はじめは多少の訓練(意識付け)が必要ですが、常にイメージを集中
してお客様(相手)のお話を聞いていれば、
『要するに』のポイントを掴むのは、そう難しいことではありません。
2.いよいよこちらが回答する際の、絶対的な要注意点です。
あえて逆から表現しますが、
「自分の物語(言い訳、背景、理由等)から、話を始めない」ということです。
「答えたいように答えてしまう」
「言いたいことを、言いたいように話す」
これが私たちの「本性」です。
悪気なく、無意識のうちに「自分中心」なのです。
(私自身、常に心がけている「つもり」ですが、ふと「本性(=自己中心性)」が
顔を出す時があります。そんな時はズバズバご指摘ください。)
(えっ? 「お前、いつも自分本位やないか」って?? スンマセン^^;。)
しかし信頼感を含め、私たちの品性は、「理性(=相手中心)」の
度合いで量られる。
「相手の知りたいこと(=相手がまず、知りたいこと)に、まず答える」
それとよく「結論から話す」ということを教えられますが、表現としては
少し不充分かな、という気もします。
「結論を、自分の言いたいように言ってしまう」ことも多いからです。
「結論から申しますと」と話を切り出してはいるが(一見丁寧だけども)、
「自分本位の結論」を押し付けている、こういう状況もわりと
多いと思います。
つくづく思いますが、
社会人は「類は友を呼ぶ」の世界です。
人様とのご縁が、自分の一生をも大きく左右する。
お互いに、いい意味で「用いられる」関係性をどれだけ作れるかです。
そして、自分自身の現在位置よりも高いところにいる人と
上質の関係を築くこと。
「お客様(相手)の喜びが、自分の喜び」であるのが、理想の関係性
だと思いますが、その相手が自分よりも高レベルな方だと、それこそ
「類は友を呼ぶ」の世界に身を置くことが可能になるでしょう。
「理性(=相手中心)」で会話すること。
「お客様(相手)が尋ねていることに、まず答える」
これが、お客様(相手)と理想的な関係性を築き、継続する
絶対的なポイントだと思います。
最後に、身に付けるコツを。
1.すでに身に付けている人を見つけ、その人の会話を強く観察する。
そして真似る。
一瞬の「違い(=コツ)」を見抜くことができれば、自分に対する
周囲からの見方が激変するかもしれません。
2.その人か、もしくは友人(上司、同僚)に、自分の会話を常に
意識して頂き、フィードバックをもらう。
常に自分自身の「在り方」「振る舞い」を「客観的に見る」ことが、
さらなる成長に繋がると思っています。
(文責:常務 田畑良一)
2005年10月08日
「あいさつ」を磨こう!
改めてですが、お互いに気持ちよく「あいさつ」しませんか?
朝一番の「おはようございます!」
帰り際の「お先に失礼します!」
思えば、「あいさつ」だけではないですね。
感謝の「ありがとうございます!」
送り出すときの「行ってらっしゃい!」
迎えるときの「お帰りなさい!」
ねぎらいの「お疲れさまです!」 などなど・・・。
「お互いの人格(存在)を承認しあう儀式」
こう書くと堅苦しいかもしれませんが、「あいさつ」には確かに
そんな意味があるように思います。
相手だけでなく、声をかけた自分も気持ちがいい、「あいさつ」って
お互いの心の欲求を満たすものですね。
「さよなら」を言って別れる時、日常の私たちはその人と明日にでも
「当たり前」に会えると思っています。
しかし、「相手に」もし朝の通勤電車で万が一のことが起これば、
もし途中で大きなトラブルに巻き込まれたら、その「当たり前」が
「当たり前」ではなくなるかもしれない。
そういう可能性を考えると、やはり、「あいさつ」とは、
お互いに「相手の存在(の有難さ)を承認し、感謝する儀式」
だと思います。
そういう意味では、「誠実なあいさつができる」人というのは、それだけ
「相手中心」の価値観に生きていると言えるかも
しれません。
そういえば、仕事で着実に成長していたり、周囲からの信頼を集める人で
「あいさつ」が雑な人って思い浮かびませんね。
いきなり大きな話になりますが・・・、
ますますアナログの力(人脈、人間の想像力やコミュニケーション力、問題発見
や問題解決の力 etc.)の時代になってきています。
アナログ時代の「勝ち組」キーワード、「相手中心」を具現化する第一歩です。
改めて・・・、「あいさつ」をピカピカに磨こう!!
(^o^)/~ (^o^)/~ (^o^)/~
ところで、
我が社の社是「誠実に努力する」 は 「SEIUNDO 3つの心」 というもので
表現されていますが、
そのうちの一つに
「人の心がわかる仲間(仲間意識・尊敬)」という一文があります。
私たちは、縁あって同じ会社で働いています。
一人ではできないことを、みんなそれぞれの専門技術を結集して
お客様のお役に立っています。
まぁ人柄を言えば(「なんでうちの常務、こんなにやかましいんやろ?」
とか^^;)お互いに多少の好き嫌いはあるかもしれませんが、
仕事の場ではやっぱりみんな同じ船にのっている「同志」です。
「お互いの人格(存在)を承認する儀式」
その意味を改めて意識して、お互いに気持ちの良い「あいさつ」を
しませんか?
これは余談ですが・・・、
「当たり前のことや!」と思いながら、そぉ~っと冷静に日常を自己評価を
してみると背中が少~し薄ら寒いような・・・^^;。
でもたぶん、ボクだけではない。
そう、誰しも自分の「あいさつ」にはそれなりの自信を持っている・・・。
間違っても「あの人の『あいさつ』はいい加減」って、自分が思われている
なんてあり得ない! と思っている。
フツーはたいがい、こんな感じでしょうか??
「僕は体育会で鍛えられてきた男ですよ。基本中の基本!
『あいさつ』だけは誰にも負けません!」
(み~んな自己評価は高いんやナァ・・・。)
「学校じゃあるまいし、
『あいさつ』程度のことをいちいち言われなくても、私はキチンとできてます!」
(じゃ、一度周りの人の評価もそれとなく聞いてみよか?)
アレレ!?!? これ、ボクのこと・・・か?
いやいや、そんなはずはない~~っ!!!!
(文責:常務 田畑良一)
2005年10月03日
「意欲と能力は区別する。」
9月27日に申し上げていたとおり、本日は、
「意欲と能力は区別する。一馬力発想はダメよ」ということについて
お話をさせて頂きます。
お客様に可愛がられると、期待され、ビジネスで出番を頂くことが
出てきます。
その時によく犯しがちなのが、「ものごとを『意欲』のみで解決しようと
する(=自分ひとりのチカラで解決しようとする)こと」だと思います。
もちろんその「姿勢」は尊く、「心意気」は素晴らしいのですが、
自分自身の現時点での「能力」を客観的にみて判断することも
大事です。
(ここでいう「能力」とは、「求めているもの・状態に現実を一致させるチカラ」という
ように定義します。)
つまり、(自分本位の)「意欲」をお客様に押し売りしない。ということです。
なぜなら、いくら可愛がって頂いていても、ことビジネスで出番を
頂くということは、「価値」と「価値」の交換を前提とするからです。
いつもの話で恐縮ですが、
「お客様は私たちから、何を買っているのか。お客様は私たちの何に
対して対価をお支払いになっているか」
当然ですが、間違っても「意欲」ではない。
「お前が熱心なのは分かるけど、それに対して値段はつかへんでぇ。」
というのがお客様の正論です。
お客様はご自身の「課題」を解決するための具体的手段、そして
その具体的効果を求めている。
ということは、具体的価値を生み出すという私たちの「能力」に期待し、
対価を支払われるのです。
なぜ改めてこのことを整理しようと思ったかというと、
仕事上の課題を解決したり、それにまつわる人間関係を構築・修正し
ていくのに、
「意欲だけではどないもならんなぁ」とつくづく
思うことが続いたからです。
そういう時に、いつも思い出す(頭の中でグルグルと回る)コトバがあります。
公私共にご指導頂いているアチーブメント(株)の青木仁志社長の
コトバです。
「自分には無い能力を、他の人が持っているとしたら、その能力を、
自分の能力として使わせて頂く。それもその人の能力である」
「能力」のところを「人脈」等、色々置き換えても当てはまるかも
しれません。
「賢いヤツはアホになれる。あほなヤツは賢いフリをする」と
いつも相通じるような気がしています。
もちろん、「意欲」「熱意」は絶対に大切です。
ビジネスマンであれば、「お客様の役に立ちたい」「喜んで頂きたい」という
思いは、言うまでもなく持っていて当たり前、大前提だと思います。
しかし、お客様の課題解決のための「具体的技術」や「知識」を
磨くことを怠っておきながら、言うに事欠いて「熱意」や「誠意」のみを
過度に強調しているとしたら、これは明らかにおかしい。
例えそうではなくても、自分の拙い能力(のみ)で目の前の課題を解決しようと
いう「一馬力発想」は、とてもモッタイナイと思います。
ましてやその「一馬力発想」に、お客様も巻き込まれているとしたら・・・。
そのケース・バイ・ケースの判断の差について、私は「プライドの満たし方」の
レベルの差ではないかと思っています。
「他人のチカラを借りずに、自力で何とか解決したい!」というのも
健全なプライドです。
しかし、能力(=「求めているもの・状態に現実を一致させるチカラ」)が足りなければ、
ズバリ、「求めているもの・状態に現実を一致させること」はできません。
(そのまんまですが)
そういう意味では、こちらは「自分を中心」に置き、まず自分の自尊心を満たす
レベルと言えるかも知れません。
もう一方で、
お客様(相手)が「求めているもの・状態に現実を一致させること」を第一に考え、
その状態にお客様(相手)を導くことで自分自身のプライドが満たされるのであれば、
それがお客様(相手)と自分自身にとって、最良のカタチといえるでしょう。
こちらは、「相手を中心」に置き、相手の願望実現の状態が自分の
自尊心を満たすという(高い)レベルなのだと思います。
「お客様の願望実現が、自分自身の願望実現」というように、目的地を
しっかり認識すれば、
「他人のチカラを借りずに、自力で何とか解決したい!」という、場合によっては
自己満足的に「欲求」を満たすことよりも、より賢明な選択があるはずです。
とはいえ、人様にチカラをお借りするのは抵抗があるかも・・・。
そういう時は、「人は出番を待っている!」と考えます。
実際、能力の高い人ほど「出し惜しみ」をせず、親身になってお力を貸して
くださるものです。
自分より秀でた方に上手に出番を提供でき、その方に気持ちよく
「一肌脱いで」頂ける、そしてその逆のケースも成り立つ、そういう関係が
続けば、お互い本当に素晴らしいパートナーと言えるでしょう。
(文責:常務 田畑良一)
2005年09月27日
「賢いヤツはアホになれる」
私は営業経験もなく、SEIUNDOに入社しました。(7年前です)
2年間くらいは、社内の人間関係や、思うように成果が出ないことに
悩んでいました。
「認められたい」という願望・イメージと現実とのギャップが
大きかった訳です。
そんな時に、お仕えしていた超ベテラン営業課長が私にボソッとおっしゃった
コトバが今でも忘れられません。
「賢いヤツはアホになれる。アホなヤツは賢いフリをする。
お前はどっちや??」
そう言われた時、私の心臓が「ギクッ!」どころか「グサッ!」という音を
立てたことを覚えています。
人は図星のことを言われると、感情的に反発してしまうものですね。
「クソ~~ッ!!! でもバレてるぅ・・・グググ」
その場で感じた反発を、とっさに表情に出してしまったと思います。
しばらく時間が経っても、そのコトバが頭から離れませんでした。
その課長は、あるお客様(オーナー社長)からは元旦にお住まいに
招待されるほど、徹底的に信頼されていたスーパー営業マンでした。
「信頼されていた」のと同時に、とにかく「可愛がられていた」という
感じです。
彼は恐らく、私にこういうことを伝えたかったのだと思います。
「色々なことを周囲の人に教えてもらわないといけないのに、
お前は小さなプライドが邪魔をして頭を下げられない。
『認められたい』が故だろうが、
賢いフリをしているのをみんなは見抜いてる。
人に可愛がられること、それが商売人としての第一歩やで。」
その後は(それでもかなり努力が必要でしたが)肩肘張らず、分からない
ことは素直に「無知」を認め、先輩やお客様には
「不勉強のため知りません。教えてください」
ということができるようになりました。
(もちろん居直ってもいけませんので、その後すぐ調べてお礼を
申し上げるなどそれなりに工夫はしましたが)
そこで分かったこと。
「人は教えることが好き」ということです。
「お前、そんなことも知らんのか!」とその時はバカにされるのですが、
ナンだかんだ言って、一所懸命教えてくださるようになりました。
そして私もそのことを感謝をもって伺うと、先輩はさらに一所懸命
伝えようとしてくださるのです。
ご自身が積み上げてきた知識やノウハウを、丁寧に伝えようと
してくださるのです。
もし私が「知ったかぶり」をしたり、途中でお話に口を挟んでいたら、
自分が知らないせっかくの貴重なお話は伺えなかったでしょう。
これは余談ですが、もう一つわかったことがあります。
優秀なオーナー社長等、現場で成果を出している人、つまり
自信のある人ほど、惜しげもなく教えてくださる。ということです。
これにはビックリしました。(今考えれば、当たり前のことと納得できるのですが)
話を元に戻します。
私たちの仕事はもちろん「お客様の課題解決」です。
ということは、そのためにもお客様のこと(「求めるもの」と「現実」と
「その差(=課題)」)を知らないといけない訳です。
「問題解決」とエラそうに言う前に、まずお客様にたくさん
お話をして頂かないと、お役に立ちようもありません。
特に「アホなヤツは賢いフリをする」は、私がことあるごとに
思い出し、自分を戒める、本当に有難いコトバです。
次回は「可愛がられる」ことの次の段階、「お客様にお役に立つ」段階
のお話をしたいと思います。
「意欲と能力は区別する。一馬力発想はダメよ」ということです。
(文責:常務 田畑良一)
2005年09月23日
「プロの仕事」
昨日の夕刻、お客様の元で印刷のミスが発覚し、当社のスタッフ数名で
お詫びと全品検品に急行しました。
夜までかかっての検品、本当にお疲れ様でした。
ただ、先方のご担当者の方にもお立会い頂くこととなり、深くお詫びを
申し上げるとともに、ミスに関してはプロとしてお恥ずかしい限りです。
特に印刷・加工の工程は、お客様にとっては「100%確実」ということが
前提です。
紙も生き物、ある意味印刷機械も生き物ですので、色々と各工程には
言い分もあるかもしれません。
実際、印刷工程は本当にデリケートなものです。
オペレーターのマンパワーで様々な状況を解決しています。
「気づき」の力で、ミスを未然に防いできたことや、お客様のうっかりミスを
見つけて喜んで頂いたことも数知れずありますね。
しかし、やっぱりお客様はあくまでも「100%確実」が基準です。
その「100%確実」が前提で、その製品に対して「対価」を支払って
おられるのです。
ですから改めて、私たちが今、せめてできること。
恥ずかしい「失敗」を「改善」の機会と捉え、そこで成し遂げた
「質の向上」を、せめてお客様に還元し「信頼回復」につなげる。
そのために、
この「事実」から逃げることなく、真正面から向き合うこと。
目先の解決ではなく、根本的な原因を究明し、改善すること。
お客様には「そこまでしなくていい」と言われるくらいまで
誠心誠意対応する。お金の問題ではありません。
(文責:常務 田畑良一)
2005年09月18日
お客様の言うことは、聞いちゃダメ!?
お客様の言うことは聞いちゃダメ!!
ということを、改めて痛感することがありました。
もちろん、真意は
「お客様の『言ってる』ことはもちろん尊重しなければならないが、
無防備に真に受けちゃダメ!!」
ということですヨ。
先週ある新規のお客様から、
「新事業を始めるから、パンフレットを作ってほしい」と
ご相談があり、プロジェクト責任者の方を早速訪問。
弊社以外にも、別の印刷会社さんにも同様のご相談をされたらしく、
その会社の営業マンの方は、パンフレットの概算見積りを出して
帰られたそうです。
こういう営業スタイルに対して、
私はいつも「パンフレットにしても何にしても、あくまでも『情報伝達の手段』に
すぎない」と考えていますので、
今回も、お客様の「言うとおりに」いきなり見積りをするのではなく、
いつものとおり「ご質問」をさせて頂きました。
いくら安く、見栄えの良いパンフレットを作っても、新製品が売れなければ
意味がありません。
そのパンフレットの出来にいくらお客様が納得しても、新製品が売れなければ
単なる作り手の「自己満足」ということになりますから。
今回も色々と質問をしたのですが、要するに私がご質問を通して
明確にし、「お客様と共有」したいのはこのことです。
「お客様の『真に』求めるものは何なのでしょうか?」
今回のお客様の「真に求めるもの」はズバリ、「新事業を成功させること!」
この場合は、「新製品を売ること」です。
しかしお客様の「言ってること」は、「パンフレットを作りたい」ということです。
そこで、私はプロジェクト責任者の方に伺いました。
「サイトはどうされていますか?」
「パンフレットを配布して、その後、販売までの戦略は?」
ご回答は、「まだ考えてない。これから考える。」とのこと。
(株)日本経営教育研究所の石原 明先生がいつも仰っていますが、
「1.見込客の開拓(集客)」からいきなり「3.販売(成約)」しようとしても、
絶対ダメです。
モノを買う人は、あくまでも「自分にとって必要性を認識した時に」購入する
わけであって、いくら熱心だからといって、「売り込み」に対して響くわけではない!
だから、「1.見込客の開拓」と「3.販売」の間に、「2.見込客のフォロー」が
必要なんです。
今回受けたご相談の結論は、「2.見込客のフォロー」を意識したサイトの
開設をお勧めし、その分の予算を社長に申請して頂くことで合意しました。
私がご説明したことに納得して頂き、またマーケティングの流れが理解
できるお客様でよかったです。
最後に、今回の商談にはオチが付いてまして・・・、
結局印刷物としてのパンフレットは、お客様の社内にある「複合コピー機」で
印刷する、と。
私も、小部数ということから、そちらをオススメしました。
ムリヤリ小部数のものをオフセット印刷しても「過剰品質」ですし、コスト的にも
高くつきますから。
ですので、結局弊社で出番を頂戴したのは、
・新製品の販売戦略の企画・立案のサポート。
・WEBサイトの企画・制作。
・パンフレットの企画・制作。
となりました。
あれっ??印刷会社なのに、「印刷物」の受注ではなく、それ以外の
ことばかり・・・。
そうなんです、やっぱり「私たちがお客様に提供しているもの(=お客様が
私たちから購入しているもの)」は、「情報伝達(情報共有)の手段」なんですね。
お客様にとって印刷物(=紙媒体)がベストであれば、正直最高ですが、
もしそうはでない場合は、やはり目的地に至るための「別のベストな手段」をご提案
するのが当然の姿勢ですね。
とても重要なポイントは、
「お客様の言うことをきちんと聞いてしまうと、お客様にお役に立てない
ことがある!!!」
ということです。
つまり、私たちは常にこの2つを区分すること。これ、生命線です。
1.お客様のリクエスト(=言っていること)に、
ストレートにお応えするべきか。
2.お客様にリクエスト(=言っていること)に応えるのではなく、
「ウォンツ・ニード」(=真に求めているもの、言わんとしていること)を
まず正確に把握・共有する必要があるか。
余談:昨晩、実家(吹田市千里山)から自宅(大阪市北区)までの
約10キロを歩いて帰りました。
運動不足解消も兼ねてですが、特に市内のネオンに向かって
てくてく歩いた淀川沿いは、涼しくてとても気持ちよかったです。
途中でビールとなぜか無性に焼肉が食べたくなり、
家まで残り500m地点の焼肉屋さんに入ってしまった。
誘惑に勝てず・・・。
しかも「ちょっと1杯」のつもりが、2杯&酎ハイ&ワインも・・・。
「タン塩」だけのつもりが、サンドミノも冷麺も・・・。
ったく、せっかく2時間半も歩いたのに、意味あらへんがな^^;。
(文責:常務 田畑良一)
2005年09月10日
お客様は私たちから、何を買っているのか。
いきなりですが(^^;)、
ビジネスとは、「『価値』と『価値』の交換」です。
前者の『価値』というのは、私たちが提供する商品・サービスであり、
そこからお客様が得られる「具体的効果」です。
後者の『価値』は、お客様が支払う「対価」です。
これは、大大前提として・・・。
では、私たちがお客様に売っているものはなんでしょうか。
お客様を中心に置いて言い換えれば、お客様は私たちから、何を
買っているのでしょうか。
私たちは、こう考えます。
私たちは、情報伝達(情報共有)のための「具体的な手段」をお客様に
提供しています。
お客様は、伝えたい人に(共有したい人と)伝えたい(共有したい)
情報を、最も効果的に伝える「手段」を必要としている。
それを最も効果的に表現してくれるパートナーと認識して(期待して)、
私たちを選んでくださっているのです。
なぜわざわざこれを言うかというと、間違っても、「印刷物」をお客様に
売っているのではないからです。
お客様を中心に考えたら、簡単に分かります。
お客様は、私たち(に限らず)印刷会社から印刷物を買っているのでは
ありません。断じて、あり得ない!
でもでも・・・、
果たして私たちは、心底そう言い切れるでしょうか。
お客様にとってベストな「手段」かどうかを検証(意識)することなく、
もしくは、ベストではないと薄々認識していながら、「印刷物(紙媒体)」を
お客様に「売り込もう」としていないでしょうか。
私たちは、確かに54年間、青雲堂印刷という「印刷会社」の看板を掲げています。
もちろん、印刷が歴史上の発明の中で最も偉大なものの一つであると
いうのは私たちの誇りです。
しかししかし、その私たちの誇りよりもっともっと大切なのは、
「お客様にとってベストな『手段』であるかどうか」!
何度言っても言い過ぎることがないくらい、大事なポイントです。
お客様はやはり、(看板がそうなので、当たり前ですが)私たちを
「印刷会社(印刷の会社)」として認識しています。当然のことです。
その「分かりやすさ」を優先し、私たちは古〜い社名を大事にしています。
(実際、印刷物はとても優れた媒体ですし、見た目ハデな媒体よりも、
実は細か〜い地道な印刷物のリピートのご注文が、私たちの会社
の日々の屋台骨を支えてくれているのも事実です)
何度も繰り返しますが、お客様が求めているのは「印刷物」ではなく、
伝えたい人に(共有したい人と)伝えたい(共有したい)情報を、最も効果的に
伝える「具体的手段」です。ホントしつこいっ!
私たちは、そのベストな「具体的手段」をご提案、ご提供しているのです。
そのベストな「具体的手段」が印刷物(紙媒体)なら最高!
ほぼ全ての工程が自社で完結できる設備を保有しているため、
早い!安い!(?)ということです。
(もちろんそのために高額な機械と、複数の人材に投資しています)
私たちにとって、印刷物(紙媒体)は特別なもの、人一倍の
思い入れはありますが、情報伝達(情報共有)の「具体的手段」として、
印刷物(紙媒体)より有効な「具体的手段」があれば、そちらをご提案する
のは、極めて当然の姿勢です。
そのために、紙媒体を含むあらゆる「伝達(共有)手段」の
専門スキルを持った優秀なスタッフを、社内や外部に確保、
または投資育成しているのです。
私たちは情報伝達(情報共有)のコンサルタント会社ですから、
上場企業や大学の「WEBサイト」や、また「フラッシュ」等々の一見
華やかなツール、
を担っているのは、何にも特別なことではない。
全てが本業。
「印刷物(紙媒体)は古臭い。WEBサイトはイケてる」
そういうピントはずれの話ではないのです。
改めて、この行動指針を瞬間瞬間の「判断」「行動の選択」の基軸に
置いて、誇りを持ってお客様をご訪問しましょう。
「お客様が『真に』求めるものを正確に把握・共有し、それをお客様が
手に入れるために『直線的に』貢献する」
2005年09月08日
コトバの定義って、大事だなぁ。 1
いきなりですが、我々 SEIUNDO の行動指針は、
「お客様の『真に』求めるものを正確に把握・共有し、それをお客様が
手に入れるために『直線的に』貢献する」
です。
我々は通常、チームで仕事をしています。
社内や協力会社とだけチームを組むのではなく、お客様ともチームを
組んで仕事をしています。
一人では(小さくしか)できないことを、チームで大きく実現していく。
これが、「組織で働く」ということの一つの醍醐味だと思います。
そしてその生命線は言わずもがな、私たち個々の「コミュニケーション力」です。
そこで、日々の我々のコダワリを、SEIUN STYLE として
まとめていきます。
コミュニケーションの要諦は、相手と(メンバーと)「前提を共有する」ことですね。
逆に、うまくコミュニケーションが取れない原因の一つは、
「コトバの定義」が共有できていないことだと思います。
つまり、「前提」や「コトバの定義」が共有できていないために、言う側の
「言わんとすること」と、聴く側の「解釈」に不一致が起こり、
「何が言いたいねん??」となるわけです。
さてそうした悶々としたストレスを解消すべく・・・、
SEIUN STYLE、第1回は「お客様」の定義についてです。
※まず、この章では以下のように使い分けています。
クライアント・・・当社のお得意先
お客様・・・クライアントにとっての「お客様」
私たちはクライアントとの打ち合わせ(販促企画等)で、
「お客様」というコトバについてまず最低限、このように明確に
区分するようお願いし、私たちも常に共有させて頂いています。
1.想定している「お客様」というのは、
「法人」なのか、「個人」なのか。
2.想定している「お客様」というのは、
「見込客」なのか、「既存客」なのか。
3.想定している「お客様」というのは、
「決裁者(実権者)」なのか、「ご担当者」なのか。
そんな「当たり前」のことを今さら言うのは、昨日改めてこのことを
実感したから。
とにかくビジネスの現場で、「お客様」というコトバが曖昧に
使われすぎている!
当社内での会話なら、無知・不勉強ゆえの自業自得ということで
いいんです。
問題は、クライアントも(悪気なく、無意識に)曖昧に使っている
(ことが多い)ということ。
複数の人間が貴重な時間をお互いに割いているのに、何となく
まったりと打合せをし、分かったように共有しても、「お客様」の
アクション(=購買行為)を引き出すような的確な手立てが
出てくるはずもありません。
クライアントが商品を市場で販売したり、会社をPRするために効果的な
情報伝達ツールを制作するにあたって、クライアントの中で
「明確にすべきなのに曖昧なままで放置されているもの」があれば、
それを明確にする。
まずそれがスタートです。
そしてそれをスタート時だけでなく、ぶれそうな時には常にクライアントに
問いかけ、必ずクライアントの「求めるもの」をお互いに共有する。
「前提を共有する」
「コトバの定義を明確にし、共有する」
いくら言っても言い過ぎることのないくらい、大切なことです。