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<title>ＳＥＩＵＮ ＴＯＤＡＹ！</title>
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<title>後輩が、日本一に！！</title>
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<issued>2009-03-13T21:06:00Z</issued>
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<summary type="text/plain">個人的なことで恐縮ですが、あまりの嬉しさについ。。。。（涙） 土曜ですし、浮かれてるのかも。お許しください。（曜日は関係...</summary>
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<dc:subject>めちゃ個人的なこと。（＾＾；）</dc:subject>
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<![CDATA[<p>個人的なことで恐縮ですが、あまりの嬉しさについ。。。。（涙）</p>

<p>土曜ですし、浮かれてるのかも。お許しください。（曜日は関係あるんか？）</p>

<p>我らが 甲南大学体育会クルージング部 の現役諸君が、今年の学生日本一になりました。<br />
現役の皆さん、本当におめでとうございます。パチパチパチ！！</p>

<p>並みいる強豪を倒しての優勝、すごいぞっ！！（＾＾）ｖ</p>

<p>確かに学生の部活動としては大変珍しく、日本全体でもまともに活動しているのは１０校<br />
ないくらい。やはり関東が多い。</p>

<p>日本大学・明治学院大学・防衛大学・慶応大学・東京大学・千葉大学・武蔵工業大学・<br />
神戸大学・甲南大学</p>

<p>これらの面々で学生選手権（於：新西宮ヨットハーバー沖）が開催され、<br />
現役が見事優勝したとの嬉しい一報が。</p>

<p>あ、そうそう。<br />
わたくし、学生時代（平成元年4月～5年3月）からヨットレースをやっておりまして。。。<br />
http://www.eonet.ne.jp/~konan-cruising/</p>

<p>艇はこんな感じです。（当時の甲龍８世）<br />
http://www.eonet.ne.jp/~konan-cruising/8sei.html</p>

<p><br />
ちなみに、甲南クルージング部の日本一は１６年ぶりのことです。</p>

<p>何を隠そう１６年前は、そう、私たちが４回生の時であります！！<br />
（それが言いたかったんやろ！＾＾；）</p>

<p>我々の頃はこの大会の優勝校が日本代表として世界学生選手権に派遣されていて、<br />
我々も日の丸を背負ってフランス・コートダジュールで２週間戦ってきました。<br />
（過去の栄光～）</p>

<p>バブル期には日本がアメリカズカップへ挑戦するなどして大手メディアに取り上げられる<br />
ことも増えたので、チラッと一般にも知られるようになった感もありますが、それでもヨットは、<br />
しかも大型艇でのレースというのは日本では今でもマイナースポーツです。</p>

<p>しかしどんなにマイナーであっても、日本でトップになることのハードルの高さは、<br />
さほど大きな違いはないと思います。<br />
なんたって、「1番」の席は一人（一チーム）しか座れないんですから！（＾＾）ｖ</p>

<p>艇そのものの購入費（1,000万円以上）や係留・維持費（年間100万円以上）<br />
など、確かにヨットはお金がかかります。</p>

<p>かといって学校からいただく補助も当然他のクラブと同額であるため、巨額の<br />
活動資金を自ら稼ぐべく、毎日交代で須磨ヨットハーバーの宿直をし、休みの<br />
日には大丸の六甲流通センターでお中元・お歳暮の仕分けなど、みんなで<br />
あくせくバイトに勤しんでいました。<br />
（個人が得た報酬は当然、活動費としてすべて上納）</p>

<p>艇を維持していく苦労もさることながら、殴られ蹴られしながらの須磨浦公園までの<br />
絶叫ランニング、「限界トレーニング」と称して先輩に囲まれての腕立て５００回、<br />
落ちたらボコボコに殴られるなどの超非科学的訓練、今思えばアホらしいめちゃ<br />
くちゃなコトを真剣にやってました。</p>

<p>まぁ海の上でのコトですから、「理屈を超えた世界」と言うのは確かにあって、<br />
荒れた海に誤って落ちた時など「アカン。。オレこのまま死ぬの？？」という経験も<br />
それなりに、みんなそれぞれしてたと思う。</p>

<p>ちょっと横道に逸れますが、<br />
「最後は気合いや！」「最後は気持ちで勝負が決まる！」くらいことは、どんな<br />
スポーツでもある程度のレベルでやってきた人なら違和感のないことでしょう。</p>

<p>学生同士の体罰なんてじゃれ合ってるくらいのもんで、鼓膜が破れるくらい<br />
ボコボコにされてても、先輩の愛情（というか悪気のなさ）は何となく肌で<br />
感じるものです。（私はドＭか？）</p>

<p>それが証拠に、練習が終わったらフツーにメシをごちになったり、ワイワイ飲みに<br />
連れて行っていただいたりしてたし。。。（別にタダメシやったからではない）</p>

<p>あの時代の理不尽な世界が、実は社会に出てからすごく役に立っていると思う。<br />
現実の社会って「理不尽」なことがたくさんあるから、いちいちまともに捉えて反発<br />
してたら、疲れてしょうがない。受け流すことも必要やなと。</p>

<p>そして今の日本はナンだかんだ言っても恵まれているのだから、どんな厳しい<br />
状況といっても、「まぁ、命まで獲られることはないわなぁ」ということがほとんどだから。<br />
（あの時の練習では、「この先輩、加減っちゅーもんを知らんのか！殺す気ちゃうやろな！」<br />
と心配してしまうようなことが、たまにだがあった。）</p>

<p>そんな下級生の可哀そうな現実なんか当然外部の方には全く理解されず、<br />
「学生の分際でヨットなんて。やっぱ甲南やの～」<br />
などとありがちな誹謗を浴びながら、それでもすごく楽しくて、学生なりに<br />
一所懸命没頭していました。</p>

<p>同期にも結婚式とかでたまにしか会わないけど、会えば今でも、１回生でいちばん<br />
しんどかった時の、お互いテンパッていた頃の思い出話で盛り上がっている。<br />
「○○が△△先輩にランニング中に蹴られて反逆し、その他の先輩全員に囲まれて<br />
一斉にボコボコにされてたよなぁ～。ハハハ！！（爆笑）」とか。</p>

<p>４年間逃げずにやり通したという意味では、ナンだかんだお互いを認めていて<br />
連帯感も強い？<br />
（でも冠婚葬祭しか、それとたまにのゴルフくらいでしか会わんなぁ）</p>

<p>４０歳を前にして改めて思いますが、<br />
こういう気色悪いオトコの世界、決して悪くはないですね～。（*＾＾*）</p>

<p>しつこいですが。<br />
現役部員の皆さん、日頃からご指導されているＯＢの皆さん、本当におめでとうございました。<br />
普段ナンにも支援らしいことをしていないのに、こんなときだけＯＢヅラして便乗し、申し訳ありません。</p>

<p>でもめちゃくちゃ嬉しいです。</p>

<p>一時は部員不足でクラブの存続自体が危ぶまれた時期があったと伺っていますが、<br />
ホントによかった。（まだ部員不足が解消された訳ではないと思いますが）</p>

<p>※部員不足に陥ったのは、「1回生への体罰で、その学生が学生部にチクッて活動停止になった」<br />
という何とも今どきのコらしい原因だそうです。（＾＾；）</p>

<p>私も現場で、彼らの頑張りに恥じないようやっていきます。</p>

<p>以上、ホント個人的にですが、とっても嬉しい出来事でした。（＾＾）</p>]]>

</content>
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<title>「必要」な人になるために。（３）</title>
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<modified>2009-03-06T11:35:55Z</modified>
<issued>2009-03-05T20:53:21Z</issued>
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<summary type="text/plain">前の２つを自分で読み返してみましたが、文章がクドイですね。（&gt;_ しかも暑苦しい。ゴメンナサイ。 でも、ホンマに大事やと...</summary>
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<![CDATA[<p>前の２つを自分で読み返してみましたが、文章がクドイですね。（>_<）<br />
しかも暑苦しい。ゴメンナサイ。</p>

<p>でも、ホンマに大事やと思ってることなんです。（*＾＾*）<br />
文章がヘタなんは、しゃあない！（結局居直りかいっ！）<br />
当然賛否はあるでしょうが、一緒に働いている仲間とは絶対に共有しておきたいことです。</p>

<p>--<br />
さて、「必要」な人になるために、私自身が考えるコツがいくつかある。</p>

<p>どれもセコイものかもしれないが、「凡人」が人様に用いられ勝ち続けていくうえでは<br />
絶対に必要だし有効だと（少なくとも私は）思っていることを書かせていただきます。</p>

<p><strong>「相手中心」</strong>ということについて、です。</p>

<p>たびたび書いているのですが、本当に本当に大事なこと。<br />
どんな業態であれ、商売の「本質（＝外せないこと）」だと思います。<br />
<strong>大人と「子供（＝自己中心）」の、根本的な違い</strong>だと思う。</p>

<p>さてさて。<br />
<strong>「自分がしてほしいと思うことを、人（対象者）にしてあげなさい」</strong></p>

<p>誰のコトバだろう？聖書かな？</p>

<p>とにかく、よく聞くコトバである。物心ついたときから。</p>

<p>しかし今、私は思います。<br />
<strong>これ、全くのウソですよ。絶対にっ！！</strong></p>

<p>ナニを根拠に、「自分がしてほしいこと」を、自分と同じように「人（対象者）がしてほしいと思っている」なんて言えるんや？！</p>

<p>単に<strong>「自分がしてあげたいこと」を「人（対象者）に押し付けている」だけ</strong>かも知れないのでは？</p>

<p>これこそ、まさに<strong>「自己中心性」であり「自己満足」</strong>じゃないの？<br />
<strong>「（自分の）思い・善意」を「押し売り」して、「自己陶酔」しているだけ</strong>では？</p>

<p>多くの場合は、人間関係がおかしくなる。　少なくとも<strong>違和感発生。（涙）</strong></p>

<p>そのまま<strong>この考え方で頑張れば頑張るほど、</strong>その人との心の距離は遠くなっていくだろう。</p>

<p>望んでいる結果とは全く逆。　あぁ、悲惨。。。。（ＴoＴ）</p>

<p>たまたま結果がうまく行ったとしても、それはあくまでたまたま「当たった」だけ。<br />
もしくは、お相手が拒絶するほどには「外れていなかった」だけである。</p>

<p><br />
大事なのは絶対、コレ。</p>

<p><strong>「人（対象者）がしてほしい」と思っていることを、「その人にしてあげる」こと。</strong></p>

<p>だから、喜ばれるのだ。<br />
当たり前である。</p>

<p><strong>その人が「真に」望んでいることをきちんと把握し、それを満たして差しあげる。</strong></p>

<p>つまり「（自分本位の思い入れで）当てにいく」のではなく、<strong>「（お相手の願望を）外さない」</strong>という感じが大切。<br />
<strong>それでこそ、「相手のために」となる</strong>のではないだろうか。</p>

<p>その人が望んでいることをして差しあげるから、「その行為」によってその人に「思い」が伝わり、その「心遣い」に感謝され、お付き合いを続けてくださるのだ。</p>

<p>え？じゃあ「相手が『真に』望んでいること」は、どないしたら分かるねん？</p>

<p>そんなのなんにも難しいことではない。<br />
分からなければ、<strong>　横着せず（自分本位の予測で済ませず）に、「聞く」</strong>だけのこと。</p>

<p>ご本人に直接「聞く」のがムリもしくはマズければ、そのご本人の「好き嫌い」、「真に求めていること」を「確実に」ご存知の方に<strong>それとなくでもきっちりと「確認する」</strong>ことである。</p>

<p><br />
くれぐれも、<strong>予測・想像はぜったい危険。</strong></p>

<p><strong>「確認する」ことを怠って、「（自分なりに）予測・想像する」なんてぜったいアカン！！</strong></p>

<p>（特に注意すべきなのは、中途半端に遠慮しないといけない距離感がお相手との間にあるとき。<br />
親友レベルなら気兼ねせずズバリ聞けるだろうが、そこまでではない場合、多少の気遣い・遠慮が必要な場合に、「確認」を飛ばして「予測・想像」に走ってしまうことが多い。その時こそ「要確認」！！<br />
その人を「喜ばせよう」と（意欲的になって）肩に力が入った時ほど客観性を失い、無意識のうちに「自分の欲求」を満たすことを最優先してしまい、墓穴を掘りがちなのだ。）</p>

<p><strong>我々は「自分を基準に」置いてしか（＝自己中心的にしか）、予測・想像するということなんてできないもの。</strong></p>

<p><br />
例えばプレゼント。</p>

<p><strong>サプライズ～♪なんて言って、本人の好みをろくに考えず、「さぞかし喜んでくれるだろう」なんて勝手に期待して、相手が自分にめちゃ感謝してくれている状態を勝手にイメージして。。。</strong></p>

<p>もしそのお相手の好みとズレてたら。。。</p>

<p>そりゃ、<strong>単に迷惑なだけ</strong>やろっ！</p>

<p>しかもそれを顔にも出せず、喜んだ「フリ」でもしないといけなかったら、<br />
お相手も<strong>たいがいしんどい</strong>やろっ！！</p>

<p>もしお相手が正直な（不器用な）人で、不満な感じが表情にチラッと出たりなんか<br />
したら、<strong>「せっかくしてあげたのに～」とか「もっと喜んでくれると思ったのに～」なんて逆に文句を言ってしまうくらいかも。</strong></p>

<p><strong>アンタが勝手に期待しただけやろ！相手の好みも都合も考えんと！！</strong></p>

<p>それでせっかくの人間関係がギクシャクなんてしたら。。。</p>

<p>こりゃもうマンガの世界です。（>_<）</p>

<p>でも日常、本当にたくさん起こっているように思う。</p>

<p>たとえば一人で昼ごはんを食べている人がいるとして。。。</p>

<p>Ａ子さん：「ねぇねぇＢ子ちゃん、<strong>一人で食べるなんて淋しい</strong>じゃない！<br />
　　　　　　こっちで一緒に食べようよ～。♪」<br />
　　　　　（みんなでワイワイやるのが好きで、<strong>みんなもそれが好きなはずだし、一人でいるなんて淋しいはずだ、と真顔で思い込んでいる</strong>Ａ子さん。）</p>

<p>Ｂ子さん（の心の中）：「え、えぇ。。。でも私は一人で色々考えながら食べるのが好きなんだけどなぁ。<br />
　　　　　　いつもじゃないにしても、今日はそういう気分なんだよなぁ。でも行かないとマズイかなぁ。」<br />
　　　　　（一人でゆったりと考えごとをするのが好きで、あんまり長い時間人と一緒にいるとたまに疲れるＢ子さん）</p>

<p>結局、Ｂ子さんは断りきれずにみんなの輪に合流。しかし、あんまり会話に入れず。。。</p>

<p><br />
Ａ子さん：「Ｂ子ちゃん、自分なにぃ？（大阪では「相手」のことを「自分」と言う）なんでみんなの楽しい会話に入ってこおへんのぉ？せっかく誘ってあげたのに。」（出た～っ！！<strong>「せっかく誘ってあげた」なんて「自己中心」で恩着せがましい、しかも「上から目線」！</strong>）</p>

<p>Ｂ子さん（の心の中）：「いや、だからぁ。。。今日は自分一人で昼間に考えごとをしたかったのにぃ。。」<br />
　　　　　（でも<strong>その場の空気も読んでしまい、「イヤなものはイヤ」と正直に言えない</strong>）</p>

<p>Ａ子さん：「ふんっ！この子、オモンないわ！」（大阪で実によくある会話＾＾；最も軽蔑した時に吐くコトバ）</p>

<p>Ｂ子さん：「…」</p>

<p>Ａ子さんはＢ子さんに、<strong>みんなと一緒に食べたいかどうかをまず「確認する」</strong>ことです。<br />
（もちろん「ダブルメッセージ」（例：イヤよイヤよもスキのうち）というものはあるので、<strong>その人の性格も含め、「本当に望んでいること」を確実にキャッチすることが必要</strong>）</p>

<p><br />
<strong>とにかく、大事なのは「相手中心」。</strong></p>

<p><strong>「喜んでほしい」という思いは確かに尊いものですが、我々は動物的本能として、とことん「自己中心」的な生き物であることの自覚を忘れずに。</strong></p>

<p><strong>お相手の欲求を満たすことを忘れて？もしくは放っておいて、「自分の欲求を満たすこと」をつい優先してしまいがちので、くれぐれも気をつけよう。</strong></p>

<p>「相手のために」なんて言いながら、実は<strong>「あなたを喜ばせようと思ってこーんなに動いている私」を認めて～♪</strong>なんてメデタイことにならないように、注意注意。。。<strong><br />
（とエラそうに言うてる私も、日常はどうだか。。。＾＾；）</strong></p>

<p>人は、<strong>「自分が『真に』求めているモノ（感情・こと）を手に入れるために、『必要』な人（モノ・企業）」をそれこそ必要とし、期待し、信頼する。</strong></p>

<p><strong>特にビジネス社会では、</strong>ホントにそう思います。</p>

<p><br />
（文責：常務 田畑良一）</p>

<p>　</p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>「必要」な人になるために。（２）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.seiun.net/blog/archives/2009/02/post_22.html" />
<modified>2009-02-24T21:38:09Z</modified>
<issued>2009-02-23T20:50:00Z</issued>
<id>tag:www.seiun.net,2009:/blog//3.33</id>
<created>2009-02-23T20:50:00Z</created>
<summary type="text/plain">「では、どうしたら『必要』な人になれるのか？」 大まかな話ではなく、順にいくつか例を挙げていきたいと思う。 （ただし当然...</summary>
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<![CDATA[<p>「では、<strong>どうしたら『必要』な人になれるのか？</strong>」</p>

<p>大まかな話ではなく、順にいくつか例を挙げていきたいと思う。<br />
（ただし当然だが、あくまで私の拙い私見・解釈です。）</p>

<p>ところで具体的に触れる前に、２つの大前提に触れておく。<br />
まず私は、社会とは大多数がいわゆる「凡人」の集合体であると捉えている。<br />
その「平凡さ」を自覚しまた感謝しつつ、現代社会を形成している一員たる<br />
ささやかな誇りも持った「凡人」として、たくましく強く、そして楽しく生き抜いて<br />
いくためにも、この大前提を理解することが本当に大切だと考えている。</p>

<p>まずは、<strong>「誰が自分の価値の有無を、有るとしたらその量を決めるのか」</strong>である。<br />
職業人・組織人としては、まずこのことを見極めることが大事。</p>

<p>しかも場面や時期によって変わるし、複数の存在を同時に気にかけないと<br />
いけないこともある。</p>

<p>企業人で言えば、まずは「お客さま」だろう。これは言うまでもない。<br />
（ 弊社内では共有している考え方だが、「お客さま」というコトバはかなり雑な表現で、実際には<br />
役職・職業観等において、「お客さま」は様々な階層に分かれる。ここでは深くは触れず、大雑把に「お客さま」としておく ）</p>

<p>そして組織であるから、（好きであってもそうでなくても、能力の有無も別として、）社長か担当役員、自分の直属の上司たち。<br />
彼等はまさしく、人（部下）の価値を「評価・査定」することが仕事である存在だ。</p>

<p>あと、直接的に査定されることはないかもしれないが、（好きであってもそうでなくても、能力の有無も<br />
別として、）同僚や部下からの「評価」も無視はできないだろう。</p>

<p>例えばWBC日本代表チームで言うと、原監督と担当コーチということになる。<br />
選手の「価値」の有無と量は、選手自身ではなく、彼らが「決める（＝判断する）」のだ。</p>

<p><strong>選手間投票でもなく、世論調査なんてものでもない。</strong></p>

<p>そして、監督やコーチ陣は、結果がよければ余りある賞賛を受け、逆に期待を上回る水準に<br />
達しなければ、その結果に対してプロとして「責任」を取る（＝辞任も含め）ことになる。</p>

<p><br />
そして次に大事なこと。</p>

<p>その人が<strong>「価値」の有無、およびその量を評価（査定）する際の「ポイント（＝判断基準）は<br />
何か」</strong>ということである。</p>

<p><strong>組織・チームとして「目指しているもの（＝成果・勝利）」を手にするために、リーダーは与えられた「資源（＝人・モノ・カネ・情報）」をもとに、最適な「戦略・戦術」を練る。</strong></p>

<p><strong>そしてそれを実現するための「戦力」を、組織（チーム）として最適な組合せを考慮しつつ、<br />
複数ある候補（＝選択肢）の中から選ぶのだ。</strong></p>

<p>やむを得ず、「選ばれる人」がいればそうでない人も出てくる訳である。</p>

<p><strong>つまり、「必要性」を基準に、見極められ、選別されるのだ。</strong></p>

<p>WBC日本代表でいうと、「国民の期待に応え、野球の素晴らしさを再認識させる」という挑戦の<br />
「目的」のもと、それを実現するために「優勝」という絶対目標があり、世界の強豪を倒すため、<br />
日本の繊細な野球の強みを生かすために最良の？（苦し紛れの？）戦略として、「つなぐ野球」<br />
を掲げている。</p>

<p>だから原監督は、自分の判断・責任において、４番にホームランは望めないが三振の少ない<br />
稲葉を置き、所属チームでは先発要員の田中マー君のマウンド度胸を買い、中継ぎの柱と<br />
して充てたのである。</p>

<p>選りすぐりの超一流選手たちであっても、原監督･コーチ陣の構想に入れなければ、レギュラーどころか、２８人という厳しい登録人数制限がある以上、「戦力」にも入れないということになる。</p>

<p><br />
要するに、ナニが言いたいのか。</p>

<p>「他者評価」という「社会（特に経済社会）の原則」の中で、その人の聡明さが問われる分かれ目は、<br />
まずは<strong>「相手を中心に据える」という「考え方」を「受け入れる（＝選ぶ）」ことができるかどうか</strong>である。</p>

<p><strong>我々動物は元来、健全な意味で「自己中心」なもの。</strong></p>

<p>健全な意味で「自分が最も大事」だし、その自分を輪の中心として、家族・地域社会・国家・世界と<br />
順につながっている。</p>

<p><strong>「自分を大事」にし、その「（周囲から見た）価値」の存在を自分で確認できているからそこで初めて、周囲のことを慮ることができているのだ。</strong></p>

<p>とくに最近の流れは、（「（現在と将来の）自分の価値（＝他者評価）」に漠然と不安があるから、国家･企業・個人の行動基準がますます「自己中心」的になってきている。<br />
「キレイごとなど言っていられない。なりふり構わず、まず我が身を守らねば」という今の時代は、<br />
個々の現象を評論化風情で（上から目線で）表層的に否定できるものではなく、我々の持つ<br />
自己防衛本能としての「自己中心性」の本質を我々自身が自覚する良い機会である。）</p>

<p>我々職業人は、<strong>「（職業人として）生き抜く技術」として、「他人（＝自分以外の存在）の『自己中心性』を満たす」ことで「自分の価値」を証明しようとしている</strong>のである。</p>

<p>イチローはじめ超一流プロ野球選手であっても、所属チームの一選手である以上、監督の意向に<br />
沿う（＝好みに合う）選手像をまず演じ切れるかどうかが問われている。</p>

<p>プロ野球選手と同様、職業人である我々は、<strong>「他人（＝自分の価値を決める存在）」にとって「なくてはならない」存在となるべく、その質と量を最大化すべく、自身の持っている専門知識や専門技術、経験などを総動員して競っている。</strong></p>

<p>好むと好まざるとにかかわらず、<strong>「他人の『自己中心性』をいかに満たせるか」の質と量、を競う<br />
ゲームのプレーヤー（＝当事者）なのだ。</strong></p>

<p>当社はお客さまとともにこのサバイバルゲームに勝ち、その「選別の基準が厳しくなればなるほど、<br />
選ばれる」という存在になると決めている。</p>

<p>我々は（誇りある）凡人なのだから、今さらながら、<strong>その大前提を理解する（だけでなく、受け入れる）</strong>ことの重要性<strong>はとてつもなく大事な第一歩（＝入り口）</strong>だと私は考える。</p>

<p>（文責：常務　田畑良一）<br />
</p>]]>

</content>
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<title>「必要」な人になるために。（１）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.seiun.net/blog/archives/2009/02/post_23.html" />
<modified>2009-02-22T04:09:05Z</modified>
<issued>2009-02-21T21:50:15Z</issued>
<id>tag:www.seiun.net,2009:/blog//3.32</id>
<created>2009-02-21T21:50:15Z</created>
<summary type="text/plain">我々は、自分（自社および自社が提供する製品・サービス）の価値を、 自分自身で決めることはできない。 ビジネス社会の、大原...</summary>
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<![CDATA[<p><strong>我々は、自分（自社および自社が提供する製品・サービス）の価値を、<br />
自分自身で決めることはできない。</strong></p>

<p>ビジネス社会の、大原則である。</p>

<p><strong>「（お金を支払ってでも）必要かどうか」は、支払う側、すなわちお客さま（この場合は「見込み客」の段階）が決める（＝選ぶ）のである。</strong></p>

<p><strong>現実として、自分の「価値」は自己評価ではなく、「他者評価」なのだ。<br />
自分以外の存在が「我々の価値」を決めるのだ。</strong></p>

<p>自分（自社）自身がいくら「これは素晴らしい製品・サービスだ」と熱く主張しても、<br />
それに対して「お金を支払うほどの価値があるか否か」「価値があるとして、<br />
その金額の上限はいくらか」は、すべて購入する側が判断（選択）することである。</p>

<p><br />
「私自身には価値がある！」との主張も同様である。</p>

<p>「価値があるか否か」「あるとして、どんな価値がどれくらいあるのか」は、<br />
選ぶ側、判断する側が、それこそ<strong>「主観（『好み』も含めて）」や「その時々の事情・都合」によって</strong>決める（選ぶ・判断する）ことなのだ。</p>

<p>身も蓋もない話になってしまうようだが、その<strong>「当たり前の大原則」</strong>が分からないと、<br />
特に職業人・組織人としては苦労をしてしまうようだ。</p>

<p>それなりに意欲があり、自己評価がいくら高くても、このキモが心底理解できていないと、<br />
一度しかない貴重な職業人生の中で、<strong>「無用の苦労」を「自ら（わざわざ）選んでしまう」</strong>ことになる。</p>

<p><strong>逆に、この大原則（＝コツ）が分かっている人は、それだけで大きく得をする。</strong><br />
<strong>分かっていない人には追いつかれないほど、すでに圧倒的に優位なのだ。（＾＾）ｖ</strong></p>

<p>「それじゃ、<strong>どうしたら『必要』な人になれるのか？</strong>」</p>

<p>について私の考えるところは、２４日（火）に書かせていただきます。</p>

<p>大変失礼いたしました。（＾＾；）</p>

<p>（文責：常務　田畑良一）</p>]]>

</content>
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<title>「必要性」とは？</title>
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<modified>2009-02-21T14:10:02Z</modified>
<issued>2009-02-19T12:58:23Z</issued>
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<summary type="text/plain">今の時代、ビジネスのキーワードは「必要性」だと思う。 「必要性」のない（と判断した）ものに対しては、企業も人も、お金を支...</summary>
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<![CDATA[<p>今の時代、ビジネスのキーワードは「必要性」だと思う。</p>

<p><strong>「必要性」のない（と判断した）ものに対しては、企業も人も、お金を支払わないのだ。</strong></p>

<p>家庭・個人はまだしも、企業体の場合はより明白である。</p>

<p><strong>では「必要性」とは何か？</strong></p>

<p>「必要性がある」という判断は、どういう状態を言うのか？</p>

<p>「あったら便利」ということか？</p>

<p><strong>今の時代、そんな程度で「必要である」とは言えない。<br />
そんな理由では、組織の判断として、出費の許可を出すことはできない。</strong></p>

<p><strong>「あったら便利なのになぁ」というレベルでは、「なくても何とかなるかぁ」で片付けられる<br />
程度でもあるのだ。</strong></p>

<p>改めて今の時代、企業体にとって「必要性」とはどういうことを言うか？</p>

<p><strong>「ないと困る」</strong>ということである。</p>

<p>「お金を払ってでも、そのモノ（サービス）は手に入れないと困る」というレベルで、<br />
初めて「必要」だと言えるのである。</p>

<p><br />
１．「本当に必要なモノ（サービス）なのか？」、<br />
もし必要だとしても「この価格は適正なのか？」と現状を冷静に見直した場合に･･･。</p>

<p><strong>「ないと困る」</strong>というモノであり、サービスであること。</p>

<p><strong>「金額は高いようにも思うが、そのモノ（サービス）を手に入れるためならこの金額は<br />
妥当だ。いや、むしろ安いかもしれない」</strong>というものであること。</p>

<p><br />
２．さらに「今、どうしても必要なのか？後回しではダメなのか？」を見極めたとき･･･。</p>

<p><strong>「今、なきゃ困る」</strong>というモノ（サービス）であること。</p>

<p><strong>「後回しじゃ困る」</strong>と判断されるモノ（サービス）であること。</p>

<p><br />
３．さらにさらに「他の候補（選択肢）」と比較されたとき･･･。</p>

<p><strong>「他のモノ（サービス）じゃなくて、あなたのトコのモノ（サービス）じゃないと困る」</strong>ということ。</p>

<p><strong>「他の会社じゃなくて、あなたの会社じゃないと困る」</strong>と言われること。</p>

<p><strong>「他の人じゃなくて、アナタじゃないと困る！」</strong>と言っていただけるほどであること。</p>

<p><br />
そのレベルで「必要」だから、お金を支払ってでも手に入れるのだ。</p>

<p>「必要」というコトバの意味が、より厳格になっている。</p>

<p>ヌルい時代だったから（ただ何となく）選ばれていたモノ（サービスも企業も人も）は<br />
<strong>すでに淘汰されているし、さらに加速していく。</strong></p>

<p><strong>理不尽ではあるが「現実」として、これから「結果の平等」という概念はどんどんなくなっていく。</strong></p>

<p><strong>それに比べて「機会の平等」は、まだ辛うじて残っている。</strong></p>

<p>資本主義がともすれば行き過ぎて、グロテスクに牙を剥き出しにしているような時代だが、<br />
我々はその制度の利益もたくさん享受している。</p>

<p><strong>この日本でこれからも生きていく覚悟をしているならば。。。</strong></p>

<p>我々は、お客さま・市場のなかでも「必要」というコトバの意味が厳格になればなるほど、<br />
選ばれる存在になろう。</p>

<p><strong>そのプロセスを楽しみながら、</strong><br />
今の製品・サービスの質を磨き、新たに製品・サービスを開発していこう。</p>

<p><strong>お客さま・市場の「必要性」を満たす、いや超えるレベルで。</strong></p>

<p>（文責：常務　田畑良一）</p>]]>

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<title>「見直し、見極め、選別」する時代、</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.seiun.net/blog/archives/2009/02/post_18.html" />
<modified>2009-02-08T12:04:44Z</modified>
<issued>2009-02-08T00:40:25Z</issued>
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<summary type="text/plain">「ブログ、止まってるがな」とツッこんでくださった方々、 ありがとうございました。（*＾＾*） 弊社のお客さま向けには、ず...</summary>
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<![CDATA[<p>「ブログ、止まってるがな」とツッこんでくださった方々、<br />
ありがとうございました。（*＾＾*）<br />
弊社のお客さま向けには、ずっとＦＡＸで、「経営幹部・管理職 編」と<br />
「ＩＲ･法務 編」としてお送りしておりました。<br />
どなたに頼まれた訳でもございませんが（＾＾；）、ブログも再開させていただきます。<br />
自己満足で拙い戯言を並べますが、予めお許しください。</p>

<p>--<br />
人それぞれ色々な解釈があるとは思うが、この時代を、<br />
私は<strong>「経済が『まとも』になっていく時代」</strong>と捉えている。</p>

<p><strong>今までがおかしかった（ヌルかった）</strong>と考えた方がいいと思う。</p>

<p>企業も個人も、本当に「必要な」ものにしかお金を払わなくなった。<br />
人の欲を際限なく満たすという拡大経済より、地球環境にもその方がいいだろう。</p>

<p>個人はまだ自身の判断・好みによって<br />
「欲しい！」という感情（だけ）でモノを買うことがあるだろうが、<br />
今や企業はそうはいかない。</p>

<p><strong>「理屈」がしっかり通らないものには、予算そのものがつかない。</strong></p>

<p><strong>「欲しい！」「あったらいいなぁ」程度の「感覚・感情」だけでは、<br />
モノ・サービスを買うことは許されない</strong>のだ。</p>

<p>購入（予算計上）までの関門は、以下の３段階。</p>

<p>１．「本当に必要なモノ（サービス）なのか？」、<br />
もし必要だとしても「この価格は適正なのか？」と現状を冷静に<strong>見直し</strong>、</p>

<p>２．さらに「今、どうしても必要なのか？後回しではダメなのか？」を<strong>見極め</strong>、</p>

<p>３．さらにさらに「他の候補（選択肢）」と厳正に<strong>選別する</strong>。</p>

<p>そのすべてをクリアして残ったモノ・サービスにしか、お金を払わない。<br />
まともな企業ほど、この３段階の関門は厳格だ。</p>

<p>つまるところ、<strong>基準は「必要性」</strong>。</p>

<p>だとするならば、我々がなすべきことは至ってシンプルである。</p>

<p>対象とするお客さま（企業・人）それぞれの「必要性」を満たす<br />
モノ・サービスを開発し、すでにあればその「質」をさらに磨くこと。</p>

<p>それらを、自社の製品・サービスを「必要」とする（であろう）お客さま層・市場<br />
と結びつけること。</p>

<p><br />
<strong>お客さま（企業・人）それぞれの「必要性」を満たせる存在（企業・人）、<br />
そして少なくともそれを期待される存在（企業・人）だけが勝ち残り、<br />
そして「引き続きゲーム（＝『お役立ち･知恵比べ』競争）に参加する」<br />
ための資格を与えられる。</strong></p>

<p>もしこのまま資本主義が続くなら、ゲームの法則・ルールはますます、<br />
至って至って「純粋な（＝グロテスクな）原則」の方向に進んでいくのだと思う。</p>

<p><br />
であれば、我が社も「あったら便利」程度の弱い存在ではなく、<br />
「お客さま（企業・人）にとって、なくてはならない」存在であり続けよう。</p>

<p>知恵を絞ることを疎かにして何でもかんでも「リーマンが悪い」と<br />
ボヤくのは、まだまだ余裕と甘えがある証拠だと考えよう。</p>

<p>ゲームに参加する以上、「いかに、お客さま（企業・人）にとって<br />
なくてはならない存在になれるか」に知恵の全てを絞り出そう。</p>

<p>その過程を味わいながら、どうせ戦うならやっぱり勝って、お客さま（企業・人）と<br />
ともに喜び合おう。</p>

<p>こちらから売り込むようなことではなく、お客さま（企業・人）から求められ、<br />
<strong>「なら、売って差しあげましょう」と言えるくらいの</strong>「質」を創り出し、<br />
他を圧倒するレベルでお客さま（企業・人）に喜んでいただこう。</p>

<p><strong>「だから、アンタじゃないと困るねん！」</strong>と言われ続けよう。</p>

<p><strong>こちらから「お客さまを選べる」くらい</strong>、製品・サービスを磨き続けよう。</p>

<p>そして。<br />
<strong>「『仕事』って、だからオモろいんやで♪」</strong>と子供（や若い人たち）に言える親（大人）であろう。</p>

<p>（文責：常務 田畑良一）</p>]]>

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<title>お客様の「求める」もの。それを把握し、実現する具体的技術。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.seiun.net/blog/archives/2007/11/post_16.html" />
<modified>2007-11-22T16:25:48Z</modified>
<issued>2007-11-22T15:46:04Z</issued>
<id>tag:www.seiun.net,2007:/blog//3.26</id>
<created>2007-11-22T15:46:04Z</created>
<summary type="text/plain">お客様は何を求めているのか。 実はお客様自身が、「明確に」分かっておられないことも多い。 私たちの仕事のうちで重要なこと...</summary>
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<![CDATA[<p>お客様は何を求めているのか。</p>

<p>実はお客様自身が、「明確に」分かっておられないことも多い。</p>

<p>私たちの仕事のうちで重要なことの一つは、お客様ご自身が<br />
「真に」何を求めているかを明確にすることのお手伝いである。</p>

<p>お客様が「本当に」求めていることは何なのか。</p>

<p>パンフレットを、カタログを、ＷＥＢサイトを作ること自体が「目的」なのか。</p>

<p>それは一つの「手段」に過ぎないのに、もしかして責任感が強いあまりに、<br />
「目的」と「手段」を混同してしまっていないか。</p>

<p>我々の問いかけによって、お客様が改めてお足元を見つめ直し、内にある答えに<br />
気付かれるならば、それが我々が「真に」お役に立つ入り口に立つことができたということ。</p>

<p>しかも我々は、お客様が「真の目的」を成就するための「方程式」を持っている。</p>

<p>他の印刷会社様には（恐らく）無いであろう、「マーケティング理論」と「購買心理学」に<br />
よる実践的な方法論を持っている。</p>

<p>自信をもってご提案し、それを理解できるお客様を、我々の「真の」お客様と呼ばせて<br />
いただこう。</p>

<p>そして、その成就に向けて「誠心誠意、全力で」努力していこう。</p>

<p>媚びるでもなく、すがるでもなく、「真に」お客様にお役に立つ。</p>

<p>お客様から「真の」パートナーと認識され、ご相談のファーストコールをいただき、<br />
そのご期待に応え、さらに一歩上回り、「ありがとう！」「またお願いするよ」と<br />
いうお言葉をいただくことほど、我々をモチベートするものはない。</p>

<p>それを「真の」仕事というのだと思う。</p>

<p>そういう仕事を積み重ねていくこと。</p>

<p>そのことのみが、時代がどれだけ変化しようとも、むしろ変化すればするほど、</p>

<p>我々の「存在価値」を上げ、「やりがい」を増すものだと信じている。</p>

<p>「仕事」って、だからオモシロイんだと思う。</p>

<p>文責：常務　田畑良一</p>]]>

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<title>「マキノ杯耐久カートレース」に参加しました。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.seiun.net/blog/archives/2006/11/post_17.html" />
<modified>2009-09-15T03:51:36Z</modified>
<issued>2006-11-27T08:31:18Z</issued>
<id>tag:www.seiun.net,2006:/blog//3.25</id>
<created>2006-11-27T08:31:18Z</created>
<summary type="text/plain">今年もマキノ杯耐久カートレースに　「チームSEIUNDO」　を結成し、 参戦させていただきました。 所属事務所が弊社のク...</summary>
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<email>ryo@seiun.net</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.seiun.net/blog/">
<![CDATA[<p>今年もマキノ杯耐久カートレースに　「チーム<em>SEIUNDO</em>」　を結成し、<br />
参戦させていただきました。<br />
<img alt="061123 参加者全員.jpg" src="http://www.seiun.net/blog/061123 参加者全員.jpg" width="336" height="224" /></p>

<p>所属事務所が弊社のクライアントである関係で、今年はなんと、<br />
「2005 フォーミュラニッポン」年間チャンピオンの本山　哲選手と<br />
松田次生選手がゲスト参加。<br />
<img alt="061123 本山選手・松田選手イベント　.jpg" src="http://www.seiun.net/blog/061123 本山選手・松田選手イベント　.jpg" width="336" height="224" /></p>

<p>「日本最速の男」の登場に、カート少年・少女や親御さんたちも<br />
大喜びしてくださいました。（＾＾）</p>

<p><br />
さて我がチームの結果の方は･･･。<br />
選手たちも90分間精一杯頑張りましたが、さすがにあれだけ<br />
ワークスチームが増えると難しいなぁ。。。（ＴoT）</p>

<p>でもやっぱりみんなで力を合わせ、安全に楽しめたのが一番です。（＾＾）</p>

<p>主催・運営・スポンサーの皆さま、本当にありがとうございました。</p>

<p><br />
そして出場した選手、ご家族の皆さん、事前の準備から大変お疲れさまでした。</p>

<p><br />
（文責：常務　田畑良一）</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>「属人的なものの価値･･･例：聴き方」</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.seiun.net/blog/archives/2006/01/post_14.html" />
<modified>2006-08-30T07:36:37Z</modified>
<issued>2006-01-18T14:38:42Z</issued>
<id>tag:www.seiun.net,2006:/blog//3.23</id>
<created>2006-01-18T14:38:42Z</created>
<summary type="text/plain">本日後輩（新人）と同行していて、改めて気づいたこと。 上お得意先様の社長との商談に何度目かの同行をしたのだが、 私と話し...</summary>
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<![CDATA[<p>本日後輩（新人）と同行していて、改めて気づいたこと。</p>

<p>上お得意先様の社長との商談に何度目かの同行をしたのだが、<br />
私と話しているその<strong>社長の視線</strong>が彼にチラチラと向いている。</p>

<p>その回数が、毎回増えていっているのだ。</p>

<p>これは嬉しい。</p>

<p><br />
<strong>その社長の中で彼の存在が認知されてきている</strong>、ということである。</p>

<p>私と同行する時はどうしても、私と社長との会話がほとんどを占めて<br />
しまうのだが、その中でも社長が彼に対して配慮してくださって<br />
いるのが分かる。</p>

<p>これ、当たり前のようであるが、実際はそうばかりとも限らないのだ。</p>

<p>同行の回数を重ねても、全く眼中に入れてくださらないこともある。<br />
<strong>存在がお相手の中で認知されないのだ。</strong></p>

<p>では、なぜその社長は彼に視線を送ってくださったのか。</p>

<p>答は、彼の「聴き方」にあるように思う。</p>

<p><br />
一般的に<strong>社長という人種は、</strong>無意識にその鋭い感性で人を見抜いて<br />
しまう。<br />
見抜けはしなくても、ご自身のアンテナで人を<strong>「値踏み」</strong>するものだ。</p>

<p>ほとんど直接はコトバを交わさない空間で、しかもコトバを発しもしない<br />
彼に対し、視線で配慮を示してくださった。</p>

<p>彼の誠実な「聴き方」に、<strong>「何とかお役に立ちたい」</strong>という<br />
「姿勢」を感じ取ってくださったのだろう。</p>

<p>もちろん、単に「聴き方」が良いという話ではなく、誠実な姿勢が<br />
「聴き方」に表れ、それをお相手が感じ取ったということである。</p>

<p>少し脱線するが、よくある新人（若手）営業マンの失敗のパターンは、<br />
その居心地の悪い空間に辛抱し切れず、自分本位の「熱意」を<br />
前面に出してしまい、合いの手が差し伸べられる前にしゃしゃり出てしまう<br />
ことである。その行動によって、お客様がシラけてしまうことが多い。</p>

<p><br />
さてさて話を戻すが、<br />
時代がいくら変化しようとも、特に商売（ビジネス）は、<br />
人が<strong>「判断」「決定」</strong>をし、そして<strong>複数の「選択肢」</strong>の中から<br />
<strong>行動を「選択」</strong>し、その「選択」に対し、本人もしくはしかるべき役割（立場）の人が<br />
<strong>「責任」を取る</strong>ものである。</p>

<p><strong>常に、「人」が介在する</strong>のだ。</p>

<p><br />
昨今、「システム」や「仕組み」というコトバが氾濫している。</p>

<p>「効率」って言わずもがな大切だし、そのための「システム」等に<br />
ついての重要性は重々認識しているつもりだが、ともすれば<br />
<strong>「価値観」や「在り方」、「姿勢」という根源的なものを蔑ろに</strong>しているように感じる議論には、違和感を覚えることがある。</p>

<p>先述の「システム」や「仕組み」は、あくまでも人が定めた目的を<br />
遂げるための<strong>「手段」「方法論」の一つに過ぎないのに</strong>。</p>

<p>それらの土台にある「価値観」「在り方」「姿勢」を自問自答し、<br />
深め磨くことをしていて初めて、賢明な「手段」「方法」を選択<br />
できるように思うのだ。</p>

<p>「手段」「方法論」のずーっと手前の、『大前提』であるはず。<br />
（評論家マル出しで恐縮だが、ここ数日で明るみに出てきた例の<br />
上場企業の実態をみると、つくづくそう思う）</p>

<p><br />
改めて、いくら時代が変化しようとも、<strong>「人に属するもの」が、<br />
最も信じるに値する「判断基準」</strong>だと思う。</p>

<p>そしてその「判断」により選択した行動の結果に対し、粛々と<br />
「責任」を負っていく、その試行錯誤、七転び八起きの過程<br />
そのものが<strong>「成長」</strong>であると思う。</p>

<p><br />
お客様からの共感を感じた今日の空間で、人様の『心』を動かす<br />
のは、「システム」や「仕組み」ではなく、<strong>「アナログ」で「属人的」な</strong><br />
ものであると再認識した次第である。</p>

<p><br />
余談だが･･･、<br />
当然、健全な「価値観」を土台とした上で、人の『心』に届く伝え方･<br />
表現は、上述の話とは別に、社会人としても必要な「技術」であり、<br />
それを身に付けるための過程を「システム化」「仕組み化」すること<br />
はとても大切である。</p>

<p>そのためにも、まず「属人的なもの」と「非属人化できるもの」とを、<br />
健全に区別することが重要だ。</p>

<p>念のためにコトバの定義を確認するが、『属人的なもの（＝その<br />
人でないとできないもの）』とは、他の手段に置き換えることができず、<br />
どこまでも人に属するもの、である。<br />
（それを身に付ける鍛錬を、「システム」「仕組み」で解決できる領域も<br />
ある）</p>

<p>例えば、「責任の範囲（リスクの範囲）」を見極めた上での「判断」や「行動<br />
の選択」などだ。</p>

<p>もう一方で、『非属人化できるもの（＝その人でなくてもできるもの）』は、<br />
あらゆる手段を活用し、まさに徹底的に「効率化」する必要がある。</p>

<p>これからはますます、「お客様が必要性を認識しないコストをお支払い<br />
してくださることはなくなっていく」のだから。</p>

<p>それらを「分類」する能力、「判断」する能力が、まさに「属人的な」能力<br />
だが、これらを磨き高めて実践することこそ、皆で乗っている船の船頭<br />
さんであるマネージャーの、最も重要な仕事であろう。</p>

<p>（文責：常務　田畑良一）</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>「お客様（お相手）にとって、最初の相談相手であるか」</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.seiun.net/blog/archives/2005/12/post_13.html" />
<modified>2006-08-30T07:37:26Z</modified>
<issued>2005-12-14T14:04:23Z</issued>
<id>tag:www.seiun.net,2005:/blog//3.22</id>
<created>2005-12-14T14:04:23Z</created>
<summary type="text/plain">お客様（お相手）にとっての「最初の相談相手」であるかどうか･･･。 「最初の」相談相手と「２番目の」相談相手が、そう違わ...</summary>
<author>
<name>seiun</name>
<url>http://www.seiun.net/</url>
<email>ryo@seiun.net</email>
</author>
<dc:subject>ＳＥＩＵＮ　STYLE</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.seiun.net/blog/">
<![CDATA[<p>お客様（お相手）にとっての「最初の相談相手」であるかどうか･･･。</p>

<p>「最初の」相談相手と「２番目の」相談相手が、そう違わない場合も<br />
もちろん多々あるが、<br />
お客様（お相手）の中での私たち自身の位置付け（＝存在価値）が、<br />
はっきりクッキリ出る･･･、ものすご～くシビアな場面もまた、数多くある。</p>

<p>私たち営業マンにとって一番嬉しいことの一つは、まず本業で<br />
お客様から「最初の相談相手」に選ばれることである。</p>

<p>そうそう、本題に入る前に、私が申し上げる我々の「本業」の定義を<br />
明確にしておく必要がある。</p>

<p>我が社は、看板は印刷会社であるが、今どきサイト制作の出番を頂く<br />
ことも当たり前になってきている。<br />
販売促進の企画からお手伝いし、グッズ制作や映像も扱っている。<br />
ということは、現在の我が社にとって、「本業」とは印刷物も含めた、<br />
「情報の伝達手段」全般と言っていいだろう。</p>

<p>そして現実には当然、我々には競合他社の存在がある。</p>

<p>つまり、お客様は常に<strong>我々以外にも「選択肢」</strong>をお持ちなのだ。</p>

<p>我々は間違っても、お客様にある他の「選択肢」を否定すること<br />
なんてできない。</p>

<p>また、我々はお客様の「選択基準」を強制することなんてできない。</p>

<p>我々にできることは、選ばれる存在になるべく、「頼り」にされる<br />
存在になるべく、「期待」される存在になるべく、<strong>自分を（組織を）</strong><strong>磨き続ける</strong>ことと、<br />
我々が<strong>「どういう課題・問題を解決できる存在か」を常に発信</strong>し<br />
続けることしかない。</p>

<p>では、お客様はどういう時に「相談相手」が必要になるのか？</p>

<p>それは、<br />
<strong>「お客様の『現在位置』と、お客様の『求めているもの』との</strong><strong>『ギャップ』を埋める『必要』が生じた時」</strong><br />
である。</p>

<p><strong>「『現状』をこのまま放置するのではなく、『あるべき（求める）</strong><br />
<strong>姿・状態』に一致させる『必要』が生じた時」</strong>である。</p>

<p>その時に、お客様の頭の中に、無意識のうちに、誰の顔が<br />
浮かぶか･･･。</p>

<p>つまり、お客様ご自身が解決を必要とする課題・問題が発生した時、<br />
誰を「頼り」にするのか？誰に「期待」するのか？　<br />
である。</p>

<p><strong>さらに、お客様（お相手）は、どういう「基準」で判断するのか？</strong></p>

<p><br />
さてさて、<br />
至極当たり前のことで恐縮なのだが、極めて重大なポイントなので、<br />
あえて書かせて頂く。</p>

<p>「私たちがお客様の『最初の相談相手』になりたい！」といくら<br />
「意欲的に」「熱心に」願っても、残念ながらそれは叶わないかもしれない、<br />
ということである。</p>

<p>なぜなら、当然だが、<strong>それはお客様が決める</strong>ことだからだ。<br />
（しかも論理的に決めるとは限らず、直感で決めることも大いにある）</p>

<p>「頼り」にされ、「期待」されるということは、私たち自身とても嬉しい<br />
ことである。</p>

<p>でも、<strong>私たち自身の身勝手な「意欲」だけでは、</strong>そのポジションには立て<br />
ないのだ。</p>

<p>その時誰をそのポジションに置くかは、全てその人（お相手）自身に<br />
決定権があるのだ。</p>

<p>では、どうすればそのポジションに立てるのか。</p>

<p>逆の立場（お客様の立場）に立って考えてみたら、わりと簡単に<br />
理解できる。</p>

<p>まず、<br />
１．<strong>お客様（お相手）のこと（現状・求めるもの）をいかに知っているか</strong>、だ。</p>

<p>企業がお相手なら、年商、取扱い商品、売上構成、上得意先の固有名詞、<br />
市場動向、採用基準、来年度の採用方針、競合他社の固有名詞･･･。</p>

<p>企業内の個人なら、まずお相手の<strong>「仕事観」</strong>を理解することだと思う。<br />
言い方に語弊があるかもしれないが、<strong>職業人としての「意識レベル」</strong>と<br />
<strong>「行動レベル」</strong>を正確に把握する必要がある。<br />
そしてその方の<strong>ものごとに対する「判断基準」</strong>を理解し、<strong>まずそれを</strong><br />
<strong>尊重する</strong>のだ。</p>

<p>さらに社内決定のプロセス、決定権者、決定権者の方針・性格、<br />
決定権者のブレーンの固有名詞、決定権者の対立者、出世株の固有名詞、等々、<br />
「知る」に値する情報はたくさんある。</p>

<p>つまるところ、お客様（お相手）は、<br />
<strong>「いちいち一から説明する必要がなく、言わなくても私（自社）のことを<br />
分かってくれている人」</strong>の顔を真っ先に思い浮かべるのだ。</p>

<p>それ以外のポイントについては、後日、順次書かせて頂くことにする。</p>

<p>書いていて思ったが、何もお客様とのことだけでなく、友人、家族、社内等々、<br />
組織など、人が複数存在するところでは、当てはまることかもしれない。</p>

<p>（文責：常務　田畑良一）</p>]]>

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<title>「正確に伝達するコツ」</title>
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<modified>2006-08-30T07:38:11Z</modified>
<issued>2005-11-11T03:22:14Z</issued>
<id>tag:www.seiun.net,2005:/blog//3.21</id>
<created>2005-11-11T03:22:14Z</created>
<summary type="text/plain">お客様との間でも社内でも、（書面ではなく）コトバのみで何かを 伝えたり説明をしたことで、行き違いが生じ、トラブルになった...</summary>
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<![CDATA[<p>お客様との間でも社内でも、（書面ではなく）コトバのみで何かを<br />
伝えたり説明をしたことで、行き違いが生じ、トラブルになった<br />
ご経験があるのではないかと思う。</p>

<p>我々の仕事は一人きりで完結することなど滅多になく、ほとんどが<br />
チームで仕事をしている。<br />
お客様と共同作業をして進めていく案件も多い。</p>

<p>そういう環境で起こる、例えば「言った」「言ってない」という<br />
揉めごとは<strong>ビジネスマンとして一番ドン臭い</strong>し、何よりもお互い<br />
に気まずい･･･。</p>

<p>なんだろう？独特の気まずさがある。<br />
特にお客様との間で起こると、<strong>せっかくの心のつながりに隙間風</strong><br />
が吹くような感覚になってしまうこともある。</p>

<p>そもそもそういう事態になること自体、プロとして恥ずかしいし、<br />
<strong>お客様に対して大変失礼</strong>なことである。</p>

<p>皆さんも少なからずその類の失敗を経験し、そこから知恵を絞って<br />
色々工夫をされているだろう。</p>

<p>本日は、私も失敗の中からせめて同じことが起こらぬよう工夫を<br />
重ねてきた者の一人として、コツ（だと勝手に思っていること？）<br />
を申し上げたいと思う。</p>

<p><br />
まず私は、人とのコミュニケーションについて、「前提」を<br />
こう捉えている。</p>

<p><strong>「『表現力』が不充分な人が言い、『理解力』の不充分な人が聞いている」</strong></p>

<p>「表現者」側も「理解者」側も、<strong>お互いに悪気なく</strong>、不充分なのだ。</p>

<p>なぜなら<strong>相手は自分ではないし、自分は相手ではない。</strong><br />
ましてやエスパーではないのだから、（背景等も含め）１００％<br />
共有するなんて無理である。</p>

<p><strong>はじめからこう考えておくと、</strong>せめて相手に配慮をした伝達が<br />
できるように思う。</p>

<p>だいたい自分の「表現力」を客観的に見てみて、「私は大丈夫」と言える人は<br />
一般的には稀だろう。<br />
対人コミュニケーションについて専門的なトレーニングを積んできた人はそう<br />
多くはいないだろうし、学校ではそんなものは教えていない。</p>

<p>ほとんどの方が高校や大学等、人との共同作業を経験し始めた頃にようやく<br />
必要性に目覚め、先輩方や周囲の人の「見よう見まね」という感じで、<br />
何となく身に着けてきたものではないだろうか。</p>

<p>技術の裏づけが不充分だとすると、いうなれば<strong>「我流」のまま</strong>。</p>

<p>ということは、いつも申し上げるが<strong>「本能の赴くまま」、すわなち「自分中心」</strong>の<br />
コミュニケーションを、それこそ悪気なく繰り返している可能性がある。</p>

<p>しかも周囲とのコミュニケーションが上手くいかない、と漠然としたストレスを<br />
抱えてしまっているのだ。</p>

<p>こうして改めて申し上げるのはもちろん居直ることや評論することが目的では<br />
なく、より良いコミュニケーションのためのちょっとした「コツ」をご提案したいと<br />
いうことである。</p>

<p>ではその「配慮」とは何か。</p>

<p>当然、へりくだるとかそういうことではなく、伝えたい人に伝えたい<br />
ことが「正確に伝わるための『配慮』」である。</p>

<p>「結論から話す」･･･、とかはあまりに当たり前のことなので今回は<br />
省略させて頂き、私自身が特に気をつけるようになって効果を実感<br />
していることを申し上げようと思う。誠に僭越ながら･･･。</p>

<p>それは「<strong>相手の誤解を予測し、</strong>その誤解する可能性のあるものも<br />
一緒に表現して伝える」ということである。</p>

<p>「これを伝える際には、こういう誤解があるかもしれないな」と<br />
いうことを予めイメージし、「伝えたいこと」の本体とセットで、<br />
必ず<strong>「対比の対象（誤解の可能性のあること）」を伝えてしまう</strong><br />
のだ。</p>

<p><br />
私自身がついそういうクセがあるのでつくづく思うのだが、<br />
私たちは<strong>相手に情報を正確に伝えようとするあまり、</strong><br />
<strong>つい「伝えたいことのみ」を伝えようとしてしまう。</strong></p>

<p>そこに問題があるように思う。</p>

<p><br />
では具体的に表現としてはどうなるのか。<br />
<strong>「『○○ではなく、』</strong>△△でお願いしますね」</p>

<p>例えば簡単な例だが、離れたところにある２つのボールを<br />
仲間に取ってもらう時。<br />
「<strong>『青のボールではなく、』</strong>赤のボールを取ってくれますか？」</p>

<p>こういうイメージである。</p>

<p>「んなもん、当たり前やないか！！」とお叱りを受けるかも<br />
しれないが、いえいえ、そういう配慮を自然と身に着けて<br />
いる人はホント少な～い。</p>

<p>自分の表現力（伝達力）不足を思いっきり棚に上げて、<br />
正確に伝わらない責任を相手になすり付けて、<br />
「あいつ、ホンマ理解力ないわぁ」とか言っている。</p>

<p><br />
あと大事なことをもう一つ･･･。<br />
<strong>あまりこの「配慮」が過ぎた場合、</strong>聞き手からするとバカにされたような<br />
気になることもあるかと思う。</p>

<p>「そんなことまでわざわざ言われんでも、わかっとるワイ！」<br />
とお怒りを買ってしまっては元も子もない。<br />
「正確な情報伝達」のためのせっかくの「配慮」が、それこそ台無しで<br />
ある。</p>

<p>だから必ず、前にこれらのコトバを添えること。<br />
<strong>「ご存知だと思いますが、」</strong><br />
<strong>「ご承知だとは存じますが、」</strong><br />
<strong>「念のためのご確認ですが、」</strong><br />
<strong>「しつこい表現で恐縮ですが、」</strong></p>

<p>お相手の自尊心（プライド、力の欲求）をきっちり満たして差し上げること、<br />
<strong>キャリアや人格に対する配慮</strong>が、返す返すも大事である。</p>

<p>（文責：常務　田畑良一）</p>]]>

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<title>「自分の『持ち味』で勝負する」</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.seiun.net/blog/archives/2005/10/post_11.html" />
<modified>2006-08-30T07:39:17Z</modified>
<issued>2005-10-22T11:23:45Z</issued>
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<created>2005-10-22T11:23:45Z</created>
<summary type="text/plain">人それぞれ、「持ち味」があると思います。 「持ち味」を辞書で引くと、こう書いてありました。 †その食品に元から備わってい...</summary>
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<![CDATA[<p>人それぞれ、「持ち味」があると思います。</p>

<p>「持ち味」を辞書で引くと、こう書いてありました。<br />
①その食品に元から備わっている味。<br />
②その人物や芸術作品などにある独特の趣。</p>

<p>ここでは、<strong>「その人が最も高く評価される客観的長所」</strong><br />
そんなイメージで使っています。</p>

<p>人は誰でも「持ち味」（＝客観的長所）を持っている。<br />
「客観的」だから、ナントモッタイナイことに、自分ではその「長所」に<br />
気づいていないことも多い。</p>

<p>本当に残念ながら、多い・・・。</p>

<p>逆に、自分自身の「持ち味」（＝客観的長所）を正確に把握して<br />
いる人は、やっぱり強いですね。</p>

<p>特にビジネスマンの世界では、<br />
組織の中で与えられている「役割」が自分自身の<br />
「持ち味」（＝客観的長所）を発揮できるものであれば、<br />
とても幸せだと思います。<br />
その中で実際に「持ち味」（＝客観的長所）を最大限発揮し、<br />
実際に相応の評価を得ている、<br />
そんな人は職業や組織に対する満足度がとても高いでしょう。</p>

<p>しかし一般的に組織の中で多い不満、悩みはこういうことでは<br />
ないでしょうか。<br />
<strong>「自分の思うように、評価されない」</strong><br />
<strong>「自分の思うように、成果が上がらない」</strong></p>

<p>これは、本人とマネージャー双方が、「持ち味」（＝客観的長所）<br />
への意識が不足していることが原因（の一つ）ではないかと考えます。</p>

<p>まず本人が、<strong>自分の「持ち味」（＝客観的長所）を把握していない。</strong><br />
<strong>「持ち味」とは離れ、「意欲」（＝主観的長所、願望）のみで行動している。</strong></p>

<p>つまり、<br />
<strong>「あまり得意でない分野で、しかも我流で動き、</strong><br />
<strong>当然思うように成果が出ず、苦しんでいる。当然、客観的評価も</strong><br />
<strong>上がらない」</strong></p>

<p>こういう状態って、すごく多いと思います。</p>

<p>それともう一つ、とても大きな問題が、マネージャーの問題です。<br />
「プレーヤー（部下）の「持ち味」（＝客観的長所）を把握していない。<br />
時には、本人があまり得意でない分野で負荷（役割・ノルマ）を与え、<br />
<strong>無責任に『期待』だけはして、</strong>プロセスもろくに管理せず、『結果』だけ<br />
は追い求め、あ～だこ～だと評論する」（ギクッ！）</p>

<p>これじゃ、たまらない！！<br />
組織力なんて発揮しようがないし、成果なんて上がるはずもない。</p>

<p><br />
「自分の『持ち味』（＝客観的長所）を把握し、その『持ち味』<br />
で勝負する」<br />
このことは本人とマネージャー双方にとって、本当に大事です。</p>

<p>そして時には、<strong>自分自身の「意欲」（＝主観的長所、願望）と切り離すことも</strong><br />
大切ですね。</p>

<p>これは、とても難しい。<br />
「意欲」（＝主観的長所、願望）と「能力」（＝持ち味）を切り離すこと、<br />
これは相当難しい。</p>

<p><strong>そのこと自体が「最も大切な能力」</strong>と言ってもいいくらいです。</p>

<p>現場では、そこがマネージャーの出番でしょう。</p>

<p>「適材適所」「適所適材」ということになりますね。</p>

<p><br />
逆に「持ち味」（＝客観的長所）ではなく、「意欲」<br />
（＝主観的長所、願望）が過度に先行した場合。<br />
これは悲惨･･･、単に<strong>「自分を見失う」</strong>ことになります。</p>

<p>例えば阪神タイガースの赤星選手が、もし「ホームランを<br />
ガンガン打って目立ちたいねん！」と思って、金本選手の<br />
向こうを張り、バットを長く持って、ブルンブルンと振り<br />
回してしまったらどうなるでしょうか？</p>

<p>イチローが、「今シーズンは、ホームランの本数でＡ・ロッドに<br />
負けた～。」と悩んでいるでしょうか？</p>

<p><strong>「持ち味」とは、「その人が最も高く評価される客観的長所」</strong>です。</p>

<p>赤星選手やイチロー選手が「優秀」と言われるのは、まさに<br />
「持ち味」を発揮しているからです。<br />
組織から求められる「役割」を自覚し、自分自身もその「持ち味」を<br />
自覚し、そのことに誇りを持っている。</p>

<p>当然彼らの「持ち味」は、ホームランや長打ではなく、「ヒット数<br />
（単打数）」や「出塁率」「打率」「盗塁数」、小技でいえば<br />
「セーフティ・バント」等でしょう。<br />
コツコツと地味だけど、とことん「相手が嫌がる」プレーを重ね、<br />
結果的にチームへの貢献度が最も高い、そういうスタイルですね。</p>

<p>仮に彼らが、「長打を打って、目立ちたい！」という「意欲（＝主観的長所、願望）」を<br />
持っていたとします。<br />
もし彼らが「持ち味」（＝客観的長所）ではなく、その「意欲」<br />
（＝主観的長所、願望）で勝負していたら、メジャーリーグやプロ野球界では<br />
とても通用していないでしょう。</p>

<p>話を元に戻しますが･･･、</p>

<p>「持ち味（＝客観的長所）」を自覚し、「意欲（＝主観的長所、願望）」と区別<br />
できる<strong>聡明さ</strong>。<br />
時には割り切って、「意欲（＝願望）」を切り離す<strong>勇気</strong>が必要かも<br />
しれません。<strong>本当の「謙虚さ」</strong>が試されるのかもしれません。</p>

<p>価値創造というビジネス組織の目的からすると、自分自身の<br />
「持ち味（＝客観的長所）」を自覚し発揮することが、とにかく必要です。</p>

<p>そしてその前提に、</p>

<p><strong>「組織（マネージャー）が自分の『持ち味』（＝客観的長所）を必要と<br />
してくれている。<br />
自分の『持ち味』（＝客観的長所）を認めてくれている。」</strong></p>

<p>という<strong>絶対的な安心感、双方の信頼感</strong>があればこそでしょう。</p>

<p><br />
マネージャーも修行です・・・。</p>

<p><br />
追伸：</p>

<p>申し訳ございません！<br />
今日は宣伝をさせてください！</p>

<p>１．日光神戸アイスバックスがＮＨＫ（全国）で取り上げられます。 <br />
日光の温泉とアイスバックスをメインにした番組で、松田選手や <br />
チームが４日間密着取材を受けました。 <br />
題して <br />
『ふだん着の温泉～栃木・日光和の代温泉～「地域で支えるアイスホッケー」』。 <br />
もしよろしければ、ご覧ください。 </p>

<p>放送日：１０月２３日（日）午後１時３５分～　NHK総合（全国） <br />
再放送：１０月２７日（木）午前１１時２０分～　NHK総合（全国） <br />
　　　　　　　２８日（金）午後０時４０分～　ＢＳ－２（全国） <br />
　　　　　　　３０日（日）午前５時１５分～　ＢＳ－２（全国） </p>

<p>２．いよいよ神戸シリーズが開幕します。<br />
１１月２日（水）<１９：００試合開始>と３日（木・祝）<１３：００試合開始>です。<br />
関西でアイスホッケーの公式戦をナマで観戦できる、滅多にない<br />
機会です。<br />
ぜひともご来場頂き、熱いご声援をお願いします！！</p>

<p>観戦チケットご希望の方は、私まで必要枚数をご指示ください。（割引あり）</p>

<p><img alt="050930 神戸ポスター.jpg" src="http://www.seiun.net/blog/archives/050930 神戸ポスター.jpg" width="438" height="619" /></p>

<p><br />
（文責：常務　田畑良一）<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>「理性（＝相手中心）で会話する」</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.seiun.net/blog/archives/2005/10/post_9.html" />
<modified>2006-08-30T07:39:44Z</modified>
<issued>2005-10-18T03:15:31Z</issued>
<id>tag:www.seiun.net,2005:/blog//3.18</id>
<created>2005-10-18T03:15:31Z</created>
<summary type="text/plain">「お客様（相手）が尋ねていることに、まず答える」 一対一のコミュニケーションの要諦の１つです。 「んなもん、当たり前やな...</summary>
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<name>seiun</name>
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<email>ryo@seiun.net</email>
</author>
<dc:subject>ＳＥＩＵＮ　STYLE</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>「お客様（相手）が尋ねていることに、まず答える」</strong></p>

<p>一対一のコミュニケーションの要諦の１つです。</p>

<p>「んなもん、当たり前やないか！！」</p>

<p>そう、当たり前（のはず）なんですが、よ～くよ～く自分自身の会話を<br />
客観視してみると、ギクッとするかも･･･。</p>

<p><br />
「お客様（相手）が尋ねていること」とは「<strong>相手がまず、知りたいこと</strong>」ですよね。<br />
その「相手がまず、知りたい」という状態を、最初にキッチリと満たしてあげ<br />
なければなりません。</p>

<p>これが当たり前にできる人は、確実にお客様から信頼されます。<br />
お客様に限らず、社内でも信頼感が得られます。</p>

<p>特にビジネスでは、会話は「理性（＝相手中心）」で行うことが<br />
絶対的なポイントです。</p>

<p>信頼関係を築くのが上手な方は、間違いなくこのコツは押さえています。</p>

<p>持っている知識が同じ２人がいたとして、このコツを実行している人と<br />
そうでない人がいれば、信頼感では圧倒的な差になる可能性があります。</p>

<p><br />
順に説明していきます。</p>

<p>１．そもそも、まず「お客様（相手）が尋ねていること（＝相手がまず、<br />
知りたいこと）」が把握できているか。</p>

<p>これは、少し強く意識すれば誰でも可能です。</p>

<p>しかし１つだけ、大きな要注意点があります。<br />
私たちは相手のお話を聞いている時、無意識のうちに<br />
「どう答えようかな～。どう会話を繋げようかな～」ということを<br />
考えながら聞いています。</p>

<p><strong>「要するに、お客様（相手）は何を尋ねたいのか？」</strong></p>

<p>はじめは多少の訓練（意識付け）が必要ですが、常にイメージを集中<br />
してお客様（相手）のお話を聞いていれば、<br />
『要するに』のポイントを掴むのは、そう難しいことではありません。</p>

<p><br />
２．いよいよこちらが回答する際の、絶対的な要注意点です。<br />
あえて逆から表現しますが、</p>

<p><strong>「自分の物語（言い訳、背景、理由等）から、話を始めない」</strong>ということです。</p>

<p><strong>「答えたいように答えてしまう」</strong></p>

<p><strong>「言いたいことを、言いたいように話す」</strong></p>

<p>これが私たちの「本性」です。<br />
悪気なく、無意識のうちに「自分中心」なのです。</p>

<p>（私自身、常に心がけている「つもり」ですが、ふと「本性（＝自己中心性）」が<br />
顔を出す時があります。そんな時はズバズバご指摘ください。）</p>

<p>（えっ？　「お前、いつも自分本位やないか」って？？　スンマセン＾＾；。）</p>

<p><br />
しかし信頼感を含め、私たちの品性は、「理性（＝相手中心）」の<br />
度合いで量られる。</p>

<p><br />
<strong>「相手の知りたいこと（＝相手がまず、知りたいこと）に、まず答える」</strong></p>

<p><br />
それとよく「結論から話す」ということを教えられますが、表現としては<br />
少し不充分かな、という気もします。</p>

<p>「結論を、自分の言いたいように言ってしまう」ことも多いからです。</p>

<p>「結論から申しますと」と話を切り出してはいるが（一見丁寧だけども）、<br />
「自分本位の結論」を押し付けている、こういう状況もわりと<br />
多いと思います。</p>

<p><br />
つくづく思いますが、<br />
社会人は<strong>「類は友を呼ぶ」</strong>の世界です。</p>

<p>人様とのご縁が、自分の一生をも大きく左右する。<br />
お互いに、いい意味で<strong>「用いられる」関係性</strong>をどれだけ作れるかです。</p>

<p>そして、自分自身の現在位置よりも高いところにいる人と<br />
上質の関係を築くこと。</p>

<p><strong>「お客様（相手）の喜びが、自分の喜び」</strong>であるのが、理想の関係性<br />
だと思いますが、その相手が自分よりも高レベルな方だと、それこそ<br />
「類は友を呼ぶ」の世界に身を置くことが可能になるでしょう。</p>

<p><strong>「理性（＝相手中心）」で会話すること。</strong></p>

<p><strong>「お客様（相手）が尋ねていることに、まず答える」</strong></p>

<p>これが、お客様（相手）と理想的な関係性を築き、継続する<br />
絶対的なポイントだと思います。</p>

<p><br />
最後に、身に付けるコツを。</p>

<p>１．すでに身に付けている人を見つけ、その人の会話を強く観察する。<br />
そして<strong>真似る</strong>。</p>

<p>一瞬の「違い（＝コツ）」を見抜くことができれば、自分に対する<br />
周囲からの見方が激変するかもしれません。</p>

<p><br />
２．その人か、もしくは友人（上司、同僚）に、自分の会話を常に<br />
意識して頂き、フィードバックをもらう。</p>

<p>常に自分自身の「在り方」「振る舞い」を「客観的に見る」ことが、<br />
さらなる成長に繋がると思っています。</p>

<p><br />
（文責：常務　田畑良一）</p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>「あいさつ」を磨こう！</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.seiun.net/blog/archives/2005/10/post_10.html" />
<modified>2006-08-30T07:40:21Z</modified>
<issued>2005-10-08T08:35:34Z</issued>
<id>tag:www.seiun.net,2005:/blog//3.16</id>
<created>2005-10-08T08:35:34Z</created>
<summary type="text/plain">改めてですが、お互いに気持ちよく「あいさつ」しませんか？ 朝一番の「おはようございます！」 帰り際の「お先に失礼します！...</summary>
<author>
<name>seiun</name>
<url>http://www.seiun.net/</url>
<email>ryo@seiun.net</email>
</author>
<dc:subject>ＳＥＩＵＮ　STYLE</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.seiun.net/blog/">
<![CDATA[<p>改めてですが、お互いに気持ちよく「あいさつ」しませんか？</p>

<p><br />
朝一番の「おはようございます！」</p>

<p>帰り際の「お先に失礼します！」</p>

<p><br />
思えば、「あいさつ」だけではないですね。</p>

<p><br />
感謝の「ありがとうございます！」</p>

<p>送り出すときの「行ってらっしゃい！」</p>

<p>迎えるときの「お帰りなさい！」</p>

<p>ねぎらいの「お疲れさまです！」　などなど・・・。</p>

<p><br />
<strong>「お互いの人格（存在）を承認しあう儀式」</strong></p>

<p>こう書くと堅苦しいかもしれませんが、「あいさつ」には確かに<br />
そんな意味があるように思います。</p>

<p>相手だけでなく、声をかけた自分も気持ちがいい、「あいさつ」って<br />
お互いの心の欲求を満たすものですね。</p>

<p><br />
「さよなら」を言って別れる時、日常の私たちはその人と明日にでも<br />
「当たり前」に会えると思っています。</p>

<p>しかし、「相手に」もし朝の通勤電車で万が一のことが起これば、<br />
もし途中で大きなトラブルに巻き込まれたら、その「当たり前」が<br />
「当たり前」ではなくなるかもしれない。</p>

<p>そういう可能性を考えると、やはり、「あいさつ」とは、<br />
<strong>お互いに「相手の存在（の有難さ）を承認し、感謝する儀式」</strong><br />
だと思います。</p>

<p>そういう意味では、「誠実なあいさつができる」人というのは、それだけ<br />
<strong>「相手中心」</strong>の価値観に生きていると言えるかも<br />
しれません。</p>

<p>そういえば、仕事で着実に成長していたり、周囲からの信頼を集める人で<br />
「あいさつ」が雑な人って思い浮かびませんね。</p>

<p><br />
いきなり大きな話になりますが・・・、</p>

<p><strong>ますますアナログの力（人脈、人間の想像力やコミュニケーション力、問題発見</strong><br />
<strong>や問題解決の力　ｅｔｃ．）の時代</strong>になってきています。</p>

<p>アナログ時代の「勝ち組」キーワード、<strong>「相手中心」</strong>を具現化する第一歩です。</p>

<p>改めて・・・、<strong>「あいさつ」をピカピカに磨こう！！</strong></p>

<p><br />
（＾o＾）／~　（＾o＾）／~　（＾o＾）／~</p>

<p>ところで、</p>

<p>我が社の<strong>社是「誠実に努力する」　</strong>は　「SEIUNDO　３つの心」　というもので<br />
表現されていますが、</p>

<p>そのうちの一つに<br />
<strong>「人の心がわかる仲間（仲間意識・尊敬）」</strong>という一文があります。</p>

<p>私たちは、縁あって同じ会社で働いています。</p>

<p>一人ではできないことを、みんなそれぞれの専門技術を結集して<br />
お客様のお役に立っています。</p>

<p>まぁ人柄を言えば（「なんでうちの常務、こんなにやかましいんやろ？」<br />
とか＾＾；）お互いに多少の好き嫌いはあるかもしれませんが、<br />
仕事の場ではやっぱりみんな同じ船にのっている「同志」です。</p>

<p><strong>「お互いの人格（存在）を承認する儀式」</strong></p>

<p>その意味を改めて意識して、お互いに気持ちの良い「あいさつ」を<br />
しませんか？</p>

<p><br />
<strong>これは余談ですが･･･、</strong></p>

<p>「当たり前のことや！」と思いながら、そぉ～っと冷静に日常を自己評価を<br />
してみると背中が少～し薄ら寒いような・・・＾＾；。</p>

<p><br />
でもたぶん、ボクだけではない。</p>

<p>そう、誰しも自分の「あいさつ」にはそれなりの自信を持っている・・・。</p>

<p>間違っても「あの人の『あいさつ』はいい加減」って、自分が思われている<br />
なんてあり得ない！　と思っている。</p>

<p><br />
フツーはたいがい、こんな感じでしょうか？？</p>

<p>「僕は体育会で鍛えられてきた男ですよ。基本中の基本！<br />
『あいさつ』だけは誰にも負けません！」<br />
（み～んな<strong>自己評価は高い</strong>んやナァ･･･。）</p>

<p>「学校じゃあるまいし、<br />
『あいさつ』程度のことをいちいち言われなくても、私はキチンとできてます！」<br />
（じゃ、一度<strong>周りの人の評価もそれとなく</strong>聞いてみよか？）</p>

<p><br />
アレレ！？！？　これ、<strong>ボクのこと･･･か？</strong></p>

<p><br />
いやいや、<strong>そんなはずはない～～っ！！！！</strong></p>

<p></p>

<p>（文責：常務　田畑良一）</p>]]>

</content>
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<title>「意欲と能力は区別する。」</title>
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<modified>2006-08-30T08:00:55Z</modified>
<issued>2005-10-03T14:27:22Z</issued>
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<summary type="text/plain">９月２７日に申し上げていたとおり、本日は、 「意欲と能力は区別する。一馬力発想はダメよ」ということについて お話をさせて...</summary>
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<name>seiun</name>
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<dc:subject>ＳＥＩＵＮ　STYLE</dc:subject>
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<![CDATA[<p>９月２７日に申し上げていたとおり、本日は、</p>

<p>「意欲と能力は区別する。一馬力発想はダメよ」ということについて</p>

<p>お話をさせて頂きます。</p>

<p><br />
お客様に可愛がられると、期待され、ビジネスで出番を頂くことが</p>

<p>出てきます。</p>

<p><br />
その時によく犯しがちなのが<strong>、「ものごとを『意欲』のみで解決しようと</strong></p>

<p><strong>する（＝自分ひとりのチカラで解決しようとする）こと」</strong>だと思います。</p>

<p><br />
もちろんその「姿勢」は尊く、「心意気」は素晴らしいのですが、</p>

<p>自分自身の現時点での「能力」を客観的にみて判断することも</p>

<p>大事です。</p>

<p>（ここでいう「能力」とは、「求めているもの・状態に現実を一致させるチカラ」という<br />
ように定義します。）</p>

<p><br />
つまり、（自分本位の）<strong>「意欲」をお客様に押し売りしない</strong>。ということです。</p>

<p></p>

<p>なぜなら、いくら可愛がって頂いていても、ことビジネスで出番を</p>

<p>頂くということは、<strong>「価値」と「価値」の交換</strong>を前提とするからです。</p>

<p><br />
いつもの話で恐縮ですが、</p>

<p>「お客様は私たちから、何を買っているのか。お客様は私たちの何に</p>

<p>対して対価をお支払いになっているか」</p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
当然ですが、<strong>間違っても「意欲」ではない。</strong></p>

<p><br />
「お前が熱心なのは分かるけど、<strong>それに対して値段はつかへんでぇ。</strong>」</p>

<p>というのがお客様の正論です。</p>

<p></p>

<p>お客様はご自身の「課題」を解決するための具体的手段、そして</p>

<p>その具体的効果を求めている。</p>

<p>ということは、具体的価値を生み出すという私たちの「能力」に期待し、</p>

<p>対価を支払われるのです。</p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
なぜ改めてこのことを整理しようと思ったかというと、</p>

<p>仕事上の課題を解決したり、それにまつわる人間関係を構築・修正し</p>

<p>ていくのに、</p>

<p><strong>「意欲だけではどないもならんなぁ」とつくづく</strong></p>

<p>思うことが続いたからです。</p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
そういう時に、いつも思い出す（頭の中でグルグルと回る）コトバがあります。</p>

<p></p>

<p><br />
公私共にご指導頂いている<a href="http://www.achievement.co.jp"target="_blank">アチーブメント（株）</a>の青木仁志社長の</p>

<p>コトバです。</p>

<p><br />
<strong>「自分には無い能力を、他の人が持っているとしたら、その能力を、</strong></p>

<p><strong>自分の能力として使わせて頂く。それもその人の能力である」</strong></p>

<p><br />
「能力」のところを「人脈」等、色々置き換えても当てはまるかも</p>

<p>しれません。</p>

<p><br />
「賢いヤツはアホになれる。あほなヤツは賢いフリをする」と</p>

<p>いつも相通じるような気がしています。</p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
<strong>もちろん、「意欲」「熱意」は絶対に大切です。</strong></p>

<p><br />
ビジネスマンであれば、<strong>「お客様の役に立ちたい」「喜んで頂きたい」</strong>という</p>

<p>思いは、言うまでもなく持っていて当たり前、大前提だと思います。</p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
しかし、<strong>お客様の課題解決のための「具体的技術」や「知識」を</strong></p>

<p><strong>磨くことを怠っておきながら</strong>、言うに事欠いて「熱意」や「誠意」のみを</p>

<p>過度に強調しているとしたら、これは明らかにおかしい。</p>

<p></p>

<p>例えそうではなくても、自分の拙い能力（のみ）で目の前の課題を解決しようと</p>

<p>いう「一馬力発想」は、とてもモッタイナイと思います。</p>

<p></p>

<p><br />
ましてやその「一馬力発想」に、お客様も巻き込まれているとしたら･･･。</p>

<p></p>

<p></p>

<p>そのケース・バイ・ケースの判断の差について、私は<strong>「プライドの満たし方」</strong>の</p>

<p>レベルの差ではないかと思っています。</p>

<p></p>

<p><br />
「他人のチカラを借りずに、自力で何とか解決したい！」というのも</p>

<p>健全なプライドです。</p>

<p><br />
しかし、能力（＝「求めているもの・状態に現実を一致させるチカラ」）が足りなければ、</p>

<p>ズバリ、「求めているもの・状態に現実を一致させること」はできません。<br />
（そのまんまですが）</p>

<p>そういう意味では、こちらは「自分を中心」に置き、まず自分の自尊心を満たす</p>

<p>レベルと言えるかも知れません。</p>

<p></p>

<p><br />
もう一方で、</p>

<p>お客様（相手）が「求めているもの・状態に現実を一致させること」を第一に考え、</p>

<p>その状態にお客様（相手）を導くことで自分自身のプライドが満たされるのであれば、</p>

<p>それがお客様（相手）と自分自身にとって、最良のカタチといえるでしょう。</p>

<p><br />
こちらは、<strong>「相手を中心」に置き、相手の願望実現の状態が自分の</strong></p>

<p><strong>自尊心を満たす</strong>という（高い）レベルなのだと思います。</p>

<p></p>

<p>「お客様の願望実現が、自分自身の願望実現」というように、目的地を</p>

<p>しっかり認識すれば、</p>

<p>「他人のチカラを借りずに、自力で何とか解決したい！」という、場合によっては</p>

<p>自己満足的に「欲求」を満たすことよりも、より賢明な選択があるはずです。</p>

<p></p>

<p></p>

<p>とはいえ、人様にチカラをお借りするのは抵抗があるかも･･･。</p>

<p><br />
そういう時は、「人は出番を待っている！」と考えます。</p>

<p><br />
実際、<strong>能力の高い人ほど「出し惜しみ」をせず、</strong>親身になってお力を貸して</p>

<p>くださるものです。</p>

<p><br />
<strong>自分より秀でた方に上手に出番を提供でき、その方に気持ちよく</strong></p>

<p><strong>「一肌脱いで」頂ける、そしてその逆のケースも成り立つ、</strong>そういう関係が</p>

<p>続けば、お互い本当に素晴らしいパートナーと言えるでしょう。</p>

<p><br />
（文責：常務　田畑良一）</p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>

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